もうすぐ開幕。


いま妹が暫定的“カープ女子”なので、ぜったい持ってるに違いない! とおもったので所持の有無を訊ねたらなぜかうんざりした表情(かお)で
「発売されたのって、一昨年なんだよね・・・・・・」
と言いつつ、見せてくれた。
おまけに
「今月末広島行くから(開幕戦観戦)、売ってたら買ってきてあげるよ」
とも。
いっしゅん
「わーい!」
などと喜んだが、はっ、と我に返った。
いや、おれ虎党じゃん! しかもその開幕戦の相手、虎やし!! 喜んだらアカンやろ!!
それに虎にも、こういうアホ系グッズがあったし!!
どや。
油性マジックの『トマッキー※』やで。ちゃんとゼブラさんから発売されとるんやで。
キャップのかたちはトラッキーのシルエットなんやで!!いやまて。
こんなことで張り合ってなにになるねん。
競うべきはペナントレースであって、アホ系グッズのおもしろ度合いではないのだった。
今年もがんばれ、タイガース。


※・・・商品名の『マッキー』×球団マスコットキャラクター『トラッキー』

虎球 comments(0) trackbacks(0)
おばちゃんはお菓子をくばる。


博多の、落ちそうで落ちなかったセブンイレブンで買ってきてもろたキットカットの御利益は、残念ながら今のところまったく感じられていません。
でも、このあと、どーん! とちょう強力な御利益に与れることを期待して、冷蔵庫の高い位置にまだ崇め奉ってます。

ということと、今回のことはまったく関係なくて(どないやねん)、単に銀座に日々通う道すがらにこのお店を発見したので、買うてみた、のであります。
で、本日遠くから上京される方にお渡ししようと思うております。
いつもお土産を頂くばかりなので、今回こそはきちんとお返しせねば、ということで用意致しました。

しかしなぜおばちゃん(というか女性)は、どこかのお土産物でないお菓子を配るのがすきなのでしょうか。
ライブ会場でもよく見かけますが、かわいいラッピングの小袋に詰めあわされた市販のお菓子を幾つも用意して、逢う人逢う人に手渡ししているあの儀式。
あれはなぜ執り行われるのか。ずーと疑問であります。
単純に、ひとにモノを贈るのがすきなのでしょうか。
そのへん、気働きが利かないわたしはよくわからないのです。
真偽のほどは知りませぬが、大阪のおばちゃんのポケットには“飴ちゃん”が入ってて、何かと言うと
「ほら、飴ちゃんやで」
とくれる、てのとはまたちょっと違うお菓子の贈呈。

謎の儀式であります。


どうでもいい話 comments(1) trackbacks(0)
数が苦(すうがく)。
「よのなかには2種類の人間がいる」
という書き出しはどんな文章にも使える、と先日オリラジのあっちゃんが言うてたが、今回はその書き出しを拝借。

よのなかには2種類の人間がいて、これすなわち『理系』と『文系』であります。
(私的にはここに『体育会系』と『芸術系』も加えたいのだけど、本日は不要なので「理」と「文」のみで)
そしてわたしは完全なる『文系』でして、どのくらい『文』に偏っているかと申せば、今年の都立高校の入試問題に挑戦してみたら「国語」と「社会」はそこそこ点が取れたのに対して「数学」と「理科」は惨憺たる有様、というくらい。
(たとえばこんな具合なレーダーチャートに)
それでも理科はまだ生物や地学みたいな問題があったからまだマシだったけど、数学の悲惨なことといったらもう目も当てられないほど。
小・中ともにちゃんと卒業しているのだから、あんなことやこんなことも習ったはず、なのに、どうしてここまで覚えていないのでしょうか。
自身の脳に問い詰めたいです。

そもそも私は『数学』以前の『算数』で躓いているのです。
はい、あれですよ、悪名高き“分数の割り算”。
「なんで割る分数のほうをひっくり返すのさ!」
という疑問に誰も答えてくれないのと同時に、その理屈をどれだけ説明されても解らなくて(未だに解らない。ネットに出ている懇切丁寧な解説文読んでもダメ)、そこでもうお手上げ。
立派な「算数嫌い」の一丁上がり、でありました。
そしてそのまま歳をとり、もう「数学的」なこととは無縁で生きていけるだろう、と安堵していたわけなのですが。

・・・・・・いま、苦しめられております。
「五角形の内角の和」とか、図形の等分記号なんかが目の前に現れて、わたしを苛むのであります。
最近では【横に引かれたいっぽんの線に垂直線をコンパスを使って引く】という難題が立ちはだかり、途方に暮れました。
しかも
「小学生のときみなさんよくやったでしょう」
とか言われて、そんな記憶すらない私はフリーズするしかないのでした。

みなさんは覚えてますか? コレ(↓)
中心Oからコンパスで同じ寸法で(a)(b)を求め、(a)(b)のそれぞれの位置から中心までの寸法より大きな円弧を描き、それぞれの交点を結んだ点に線を引きます。

説明されれば理屈は解ったもののそれでもなお
「ほんとにこんなこと教わったかなぁ・・・・・・?」
という猜疑心が。
どこまでもダメダメなやつです(アル友さんに高校の数学の先生が居るので合わせる顔がない)。

とはいえ今後も「算数的」で「図学」なことに向き合わねばならない現実が待っているので、何度も何度もおさらいして、いまさらな知識を仕入れている日々であります。


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日本一高いところ。


同じ銀座でも、晴海通りの向こう側にある『鳩居堂』の前がずっと日本一だとおもってたので、いつのまにか(我らが大恩店)『山野楽器銀座本店』さんの前がトップに躍り出ていたことを知らなんだでべっくらこいた。
しかも去年の公示価格よりもあがってる、て。
これべつに我々の購買活動は関係ないよね?
とはいえつい、見に行ってしまうオチョーシ者なのであった。

時事刻々刻々 comments(0) trackbacks(0)
うわぁ、べっくら!


雪かきすればいいのになんて豪気な、どこの国だ? と映像元の資料読んだらニューヨークだった。
さすがアメリカ・・・・・・。
つか、東海道新幹線もこのくらい強気に走れるようにしたらええのに。
関ヶ原の雪ですぐ停まるようじゃあ、やっぱアメリカにモノ申すのは無理だよね〜〜(なんの話だ?)
ネットのひまつぶし comments(0) trackbacks(0)
去る者となる。
昨年の秋に人との別れが身に染みているというような趣旨の記事を書いたが、このたびはわたし自身が“去る側”に立った。
そしておもった。
「見送るより、見送られるほうが気が楽だ」

去るほうは、己の環境が変わることを覚悟している。
その状況を好んで選択したのか否かは別としても、これまで居た場所から去ったら、違う世界が待っていることは明白だから。
だが、見送る側は、いつもと同じ世界のはずなのに、でもこれまでとは“すこし違う”現実を受け入れ、それを日常にしていかなければならない。

去年のわたしは、そのことがとても苦しかったのだと気づいた。
こんなこと望んでなどいないのに、なぜこの環境の変化を受け入れねばならないのだと、ひどく怒り、そして恐怖していた。

それから半年近く経ち、今度はわたしが見送ってくれたひとにそんなおもいをさせているのだとおもうと、申し訳ないきもちになる。

それでもやっぱり、去る側を選んだ。
さあ、これから別の意味でのいばらの道が待っているぞ、わたし。
踏ん張れ。
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6年目の3.11
今年もこの日がやってきた。

何を言ったらいいのか、何をしたらいいのか、だんだんわからなくなってくるが
「絶対に忘れてません」
と、東北の人たちには伝えたい。

ただ、感じるのは、この未曾有な災害の記憶を、へんなふうに政治的に絡めて言い募るのはなんか違う、ということだ。

たくさんのひとの命日だから「反原発」のデモするな、とか、一国の首相が会見しないことに異を唱えることを「ずっと暗いイメージを押し付けたいマスゴミ」とすり替えたりするのは、なんか違うだろうとおもう。

そしてなにより憤りを覚えるのは、原発事故で避難してきている人々に向けられる“いじめ”と“心ない言葉”だ。
特にそれが東電管内に住む連中によるものだと、いますぐとんで行って蹴り飛ばしたいほどに腹が立つ。
自身はさんざん電気を使っておいて、よくそんな非道な言動をはたらけるものだと、頭から湯気がたちのぼるくらいに。

ひとの考えは千差万別だから仕方ないとはいえ、やっぱり「人として」静かに顧みた場合、他者が傷つくであろうことは控えたいし、改めよう、じゃないのだろうか。
特に震災というのは、本来見なくてもいいもの、たいていの人は見ずにすむもの、体験しなくてもよいことを、否応なしにつきつけられる事例なのだから。
ちょっと想像力をはたらかせば、心ない言動はできないとおもうのだが、それをもたない輩がある一定数居る現実。
反対に、過ぎるほど他者の悲しみに寄り添えるひとたちも居る現実。

後者が多くなる未来を望みたい、6年目の3.11である。


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第2のお年頃。
老眼もだいぶすすんだ。
白髪が眉毛にまで出てきた。
お月さまも居るんだか居ないんだか定かでないことが増えた。
そしてついに、急に暑くなって汗をかくようになった。

うーん、ついにきたか第2の“お年頃”。

おかしいのぅ、ウチのおじぃたちという『命の母A』を摂取しているのに。
いま、ツアーがないからかな。
春祭り始まったら、また治まるかしら。

でもまあ、お年頃なのは間違いないので、ホンモノの『命の母A』を試してみようか。



ああ、やれやれ。
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贅沢な時間。

2017.3/5 東京フィルハーモニー交響楽団
於:Bunkamuraオーチャードホール

・ベートーベン:ピアノ協奏曲第5番 変ホ長調 作品73『皇帝』
・チャイコフスキー:ピアノ協奏曲第1番 変ロ長調 作品23
・ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番 ハ短調 作品18

[アンコール]
・ショパン ノクターン第7番


この3曲をいっぺんに聴ける、ていうのは、数年前の『WGR!』のときに自身がリクエストした3曲全部が演奏された、に等しいくらいの僥倖なわけで、そりゃいろいろ気がかりなことや心配事があろうとも、チケット取るでしょ、そうでしょ!! てなわけで聴きに行ってきた。
いやあ、ほんと、贅沢な時間だったわぁ・・・・・・(おもいだしてはうっとりする)。
3曲が3曲とも雄大かつ壮大な曲調だから、聴いてると高揚感が湧いてきて、知らず知らずに体が揺れてたりする。
いわゆる“ノッてる”てやつ。
クラシックだっても“ノれる”のだ。
うーむ、わたしって、壮大なイメージの楽曲が好きなんだな(だからウチのおじぃたちの曲も好きなのだ!)。

ところでわたしはピアニストには疎いので、本公演のピアニスト・清水和音氏を存じ上げなかったのであるが、素晴らしい演奏だったのでべっくらこいた。
で、調べたらやっぱりそこそこ凄いピアニストだった。
プロフィールを読むとベートーベンとショパンに注力してるようだけど、この三大ピアノ協奏曲のなかではラフマニノフがいちばん凄かったぞ(むしろ『皇帝』は流してた、的な)。
清水さんのCD探して聴いてみようかな。

なにはともあれ、大満足な公演であった。


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先月来たけど。

また来ているオーチャード。
今日は私の好きなコンツェルト3連発なので最高でござる(≧∇≦)
ケータイ見聞録 comments(0) trackbacks(0)
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