すまをかえしてください。

年末、ファン卒業時に妹におしつけたライブDVDのなかから『ドリスマ』を持ってきて、と頼んだら、さすが、そのほかにも我々お気に入りのツアーのものも持ってきた。

でもやっぱり『ドリスマ』を観る。

15年前のライブだけど、リリース当初にアホほど鑑賞したので、かなりのことを覚えている。
中居のネクタイピンが飛んで指切ってる瞬間や、ライブ会場の映像モニターにメンバーの靴だけがアップになってたことや、メンバーの各所の表情など、この記憶力をどこに置いてきた、てほど覚えてて、そんで泣けた。

なにしろ名曲揃いのセトリはもとより、若い(失礼)メンバーのダンスフォーメーションのかっこいいこと(揃ってないけど)。
ついつい、映像にあわせて歌ってしまう。
「1,2,3,4,5respect!」
でもってアンコールのたたみかけるような曲の組み方は、やっぱ中居の構成だよなぁ、と実感させられる。
ファンのツボをこころえてやがるのだ。
ああもう、ほんとにこの『ドリスマ』ツアーなら、タイムマシンで戻って、もう一度参加したい!


そしてファイナルの日のメンバー各自の挨拶から『BETS FRIEND』の流れはもう、涙なしでは見ることができなかった。
この日の彼らは
「来年も」
「これからも」
「SMAPが大好きです」
と言っている。

それがどうして15年後にこんなことになっているのだろう。




SMAP comments(0) trackbacks(0)
おらは落ちましぇん!


このシーズンにキットカットが発売する受験生応援バージョン、なのだけど、そんじょそこらのキットカットじゃないよ。
昨年、博多で起きた道路陥没事故の際、まるで崖の上に建つみたいにみえてて、よく崩れない(落ちない)でいるなぁ、と恐々見ていた“あのセブン・イレブン”で妹に買ってきてもろたやつさ!
(当時)
(2017年1月現在)

間違いなく、霊験あらたか! だよね!!

これできっと、今年はチケットはずれないよっ(だといいなぁ)。
あと、もうひとつの願いのほうも、叶うはずさっ(だといいなぁ)!



時事刻々刻々 comments(3) trackbacks(0)
たまには自慢させてくれぃ。
ネット上に漂ってるお遊びの『検定モノ』のうち、積極的に参加するのは自身の得意とするジャンルになるのはどなたもいっしょ、かとおもうけど、わたしの場合は日本語・漢字にかんする検定だとついついやってしまう。

で、今回もめっけたのでチャレンジ!

【日本語ボキャブラリーテスト】

ほっほっほ。
かんたんだったわー。
ダテに『語彙・読解力検定』の準1級(開始当初の最上級)に受かっていなくてよ。



SNSやってないので、こっちで自慢させてもらっちゃいました。
たまに、なので赦してちょうだいませませ。
ネットのひまつぶし comments(3) trackbacks(0)
仙台と大阪で『ブラタモ』なぞり!−その3−
『ブラタモリ』視聴時必要用語の基礎知識−なんてものはとくにありませんが、ひんぱんに出てくるコトバは、確かにあります。
その筆頭がズバリ【河岸段丘】。
漢詩由来の四字熟語のような字面と語感と響きをもっておりますが、れっきとした地学(地理)用語。
学生時代は地理より歴史を選択していた私はこの四字熟語をまったく覚えてなくて、この番組で知ったわけですが、いまでは川沿いの土地に出くわすと、近辺の地形が段々になっていないか探してしまうほどになりました。
そして次が【凝灰岩】。
火山国日本ではいたる所で凝灰岩が顔を出している、ということもこの番組で知りました。
と同時に地層の奥深さと面白さも味わいました。
まことありがたき番組であります。

そしてそして!
教科書に使われるような用語ではないけれど、知識として覚えておきたいのが【直線(の道)をみたら秀吉とおもえ】、なのです。
この教えが最初に使われたのは2016年5月7日放送の「伏見」の回。
秀吉が建てた伏見城城下町に走るまっすぐな道を紹介したときに案内人である京都高低差崖会崖長・梅林さんによって、でした。
わたし自身がこの教えを実感したのは長浜を訪れたとき。
こぶりな街ながらも碁盤の目の道筋に
「おお、まさに!」
と感嘆したのです。

そしてそしてそして!
伏見よりも秀吉の本拠地、みたいにおもわれてる大坂城城下町にも“秀吉イズム”はいかんなく発揮されていたわけです。
だってだって、ほら、下の地図をご覧になって?
江戸時代の古地図とのことですが、見事な格子でしょ?
たとえ豊臣家が滅亡しても、秀吉の引いた道筋は残っている。はっきり・くっきりと。直線マニア・秀吉の美学による街づくりですよ。

つーわけで昨年末に大阪で実施した『ブラタモ』なぞりクロニクル、最後は秀吉が城下町をつくることを選んだ台地のあかしと、その町に残るオモシロい町割りと歴史的遺構を見に行きました。
まずはこちらのルートマップなぞりから。
 銑をたどります。

,痢攵緜台地の北側を歩く】
この、どーってことない通りが台地の北側。
写真ではわからないですが、奥へ向かってゆるやかな下り坂(台地のへりへ向かってる)なのです。

続きましては△痢收个粒段】
ずーと平坦だとおもってたら突如現れる石の階段はこれ(↓)です。
へりです、へり! 台地のへりでございますよ、奥さん!!
タモさん御一行が降りたので、とうぜん我らも降ります。
そして見上げます()
これね。おもしろいんですけど、降りてるときはそんなに高低差を感じないのですが、下から見上げるとあらべっくら!
あんなに高いところから降りてきたんだわ! となります。
実生活でもにたよーなもんですわよね。見下してるほうは無意識だけど、見下されてるほうは神経質なくらい敏感、てやつ。
おほほほほ。

などというくだらない戯言はおいといて。
つづいてが下のルートマップの 銑とイ鬚燭匹詁珊圓。
私個人的には今回のなぞりのメインのポイントです。
なにせタモさんに
「合理的だとおもう」
と言わしめた、道筋(通り)を挟んで向かい合わせの区画でひとつの「町」にした『背割り』。
合理的かどうかは意見のわかれるところとしても、おもしろいことに間違いはない。
時間もちょうどそんな頃合いの、お昼休みはウキウキウオッチングなノリで、直線の道をたどります。

するといきなり。
その場所(↓)は現れます。
タモさんも驚いた街区表示板の並び(ルートマップの 法
その実物。
実際に見ると、奇妙さが際立つのであります。
ではもういっちょ(ルートマップの◆法
町割りの仕組みはこう(↓)いうことですね。
そして、背中合わせになった家屋と家屋の間(上の画面の赤い線のところ)に、秀吉は排水溝をとおしました。
いまでもその排水溝が使われている箇所があり(ルートマップのァ法畋盛沺頁愕笋蝓鵬漆紂曚般召ついています。
この道路(ルートマップのぁ銑イ瞭察砲硫爾法△修稜喊綛造。
そしてその一部は、見えるようになっているのですが・・・・・。
なんと!
師走の外気温度と、この白い囲いの中の温度差のため、アクリルの窓は真っ白く結露しており、見えないのでした!!
うあああああ(泣 なんとかしろー、大阪市ーー!! ヒーターでも使って冬でも見えるようにしろー!!
それでも頑張って撮影したんだけど、どう?
うっすらと石垣と水の流れが・・・・・・見える気がしませんか?
どうもすんません・・・・・・。

で、この下水の施設は、見学もできるんです。

番組でもタモさん御一行はこのドアの中へ入っていました。
なので私も! と勇んで問い合わせの電話をかけたら
「年内は28日までなんですわー」
とのことでした。
とことん、持ってない女です。
でもまあ、見たかった階段や街区表示板の並びは確認できたから、よしとしないと、なのです。


というわけで、全3回にわたってお送りしてまいりました仙台と大阪の『ブラタモ』なぞりは、これにて終了でございます。
相も変わらずの長文でございましたが、お付き合いくださいましてありがとうございました。
さあて、次はどこの“なぞり”をしましょうかね。
沼田とか、行ってみたいなぁ。


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疑似体験。
2017.1/9 日本フィルハーモニー交響楽団
於:東京オペラシティコンサートホール

・J.シュトラウス鏡ぁТ邁侶燹圓海Δ發蝓媾曲
・レハール:喜歌劇《微笑みの国》より「君はわが心のすべて」
・プッチーニ:歌劇《トゥーランドット》より「誰も寝てはならぬ」
・J.シュトラウス鏡ぁ美しく青きドナウ

・ドヴォルザーク:交響曲第9番 ホ短調 Op.95《新世界より》

[アンコール]
・J.シュトラウス:ラデツキー行進曲


本日のプログラム。
「美しく青きドナウ」と「ラデツキー行進曲」って、まるでウィーン・フィルのニューイヤーコンサートみたいでまさに『俺得』。
あんまり感激してしまい、70歳までにはやっぱり本場(ウイーンのニューイヤーコンサート)に行こう、と決心してしまった。
いいの、俗物と嗤われたって。行きたいものは行きたいの。
だから(いろいろ)頑張る!


てことで。
去年は一度も西本さんの振る公演を聴きに行けなかったので、今年は早々に。
やはり新春は明るい楽曲が選ばれていて、たいへんに楽しいコンサートでした。
特にワルツはいいねぇ。
ダンス踊れないけど、踊りたくなるほどきもちがブンチャッチャのリズムに弾みます!
それと本日のメイン『新世界より』。
いつもは西本さんが指揮してるブダペスト・フィルのCDを聴きまくってるんだけど、同じ楽曲・同じ指揮者なのに、んまぁ、こんなに違うのね! というやつの見本みたいでした。
もちろん楽団のスキルも関係してるんだろうけど、西本さんの解釈の変遷の影響も大きいのだろうとおもわれ、わたしの持ってるCD(2008年録音)の時から、どんなふうに変わっていったのかな? と、とても興味深いです。

しかしながら今回、オーケストラで『新世界より』聴くのは2度目で、楽団の演奏の違いというのもしっかりわかってしまった面もありました。
申し訳ないけど、日本フィルの『新世界より』はウィーン・フィルの『新世界より』にはまだまだ、まだまだ。
ううー、ピアニシモが・・・・・・とか、あうー、バイオリンが・・・・・とか、如実に。
あ、でもフルートとトロンボーンのソロをとった人は巧かったな。あとコントラバスの音もよかった。

けど、ここまで違いがはっきりわかるってのもおもしろいので、おなじ楽曲をたくさんの楽団で聴き比べてみるのもいいかもしれないなとちょっとおもいました。
また今度ちがう楽団の『新世界より』を聴きに行ってみよう。


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やっぱり。

休憩中。

会場でもらうチラシの束の中にやっぱり入ってた(^◇^;)

CD販売コーナーでも去年のイノベーションのDVD売ってて、妙に馴染んでて笑ってしまった。
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お先に西本さん。

まさか2年連続でイノベーションクラシックあるとおもわなくて取った公演。
ロック魂を震わすドヴォルザークの『新世界より』、堪能してきます。
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仙台と大阪で『ブラタモ』なぞり!−その2−
わたしの生まれ育った田舎の街は、面前が海で背後が山という地形で、海側から陸地にむけてゆったりとしたのぼり坂で高くなり、頂点ですこし平坦な台地でそのあと山にむかって坂をくだる、そんな高低差がありました。
おそらく海岸線に沿って砂丘っぽいものがあったのではないかと推察されるのですが、ちゃんと調べてないので、是非ともタモさんに来てもらって、あの高低差の謎を紐解いて欲しいものです。

というわけで、昨年末の『ブラタモ』なぞり。
続きましては【大阪(2016年11月5日、12日放送)】編です。
(こちらも旅のルートはコチラコチラでご確認ください)

この【大阪編】は、たいへんにワクワクして見た回でした。
特に大坂城が半島の突端に作られており、その城下町は半島の上の台地につくられていたというくだり。
くわえて大阪駅近辺や、市内随一の繁華街近辺が大昔は海の中だった歴史は、それって江戸と一緒じゃん! 大阪と東京ていう大都市のなりたちがおなじって、不思議! おもしろい! てなふうにワクワク。 
こんなに高くてはっきりとした台地だったなんて!
ここに秀吉が、自身のこのみ(都市経営観念)で以てつくった城下町。その痕跡があちこちに散りばめられた街を、見ないなんて勿体ないでしょ、そうでしょ!
という勢いで、年の瀬の大阪で“なぞり”を実施したのでありまする。


とはいえ“なぞり”の順序としては【ブラタモリ流真田丸探し】が先。
先述でリンクを張ってる番組サイトの旅ルートを頼りに
「このへんが真田丸だったっぽいよ?」
なポイントを目指します(下の地図だとい筬イ△燭蝓法

真田丸の跡地っぽいよ? ポイントを先に探すことにしたのには特に理由はないんですが、強いて言うなら発見されたばかりの【真田丸を描いたとおもわれる絵図】(↓)の影響、でしょうか。
ドラマ放送中にこういうものが見つかるという偶然がこれまたワクワク感を盛り上げてくれたので、謝意を表してこちらを先にした、てことにしといてください。
でもってそのポイント周辺には実は真田の名残がわりとあって、旅ルートの地図にもあるように「真田山町」なんていうまんまな町名もそのひとつ。
また、こんな町名も。
真田丸の出丸周辺に掘られていたとされる空堀が由来だとおもわれます。

ところでわたしが本格的な『ブラタモ』なぞりを行うのはこの大阪で3箇所めなのですが、初めて同胞に出会いました。それも複数。
皆、スマホ片手に同じルートをたどっているのですぐ解る。
さすが『真田丸』というべきなのでしょう。
でもなんかこっ恥ずかしいものもありまさーね。
たとえば、こぉんなフツーの街なかを、グループが複数組、おなじアングルで同じ個所を撮影してたりする光景なんかはモロに恥ずかしい。
それはなぜかといったら、番組でタモさんが
「真田丸の出丸はここ!」
と認定したから。

碓氷峠近辺の分水嶺認定の時と同様、この出丸認定されたお宅の方は、さぞべっくらこいたでしょうね。
お騒がせしております。

また、こちらの坂も大人気。
当日もガラホから実況した坂ですが、ここはタモさんが気に入った坂、だけでなく、空堀のあとではないか、とされている箇所でもあるので、訪れるひとも多いようです。

確かに、坂としてもいい感じ。
そして、そんないい感じの坂の途中にはお寺が建っていて、そのうちの一社はどういう所縁か、やたらと真田推し。
こんな(↓)石碑や
こんな(↓)解説案内板や
こんな(↓)お墓や
こんな(↓)案内が。
うーん、さすがヘイヘイおおきに毎度あり、商売繁盛難波の商人。
なんせ、学校でさえこういう(↓)ものをおっ建てちゃうくらいだもんね。
平成28年、て刻まれてるから、ほんとに建ったばっか。でもそれも仕方ないわけで、この学校には発見された絵図のいちばんひろい敷地のとおりにグラウンドが残ってて、まさに
「真田丸はここ!」
なところだからね。
(画面左側に空堀のあとでは? とされる坂と真田推しのお寺がある)


というところで【ブラタモリ流真田丸探し】はおしまい。
おもいのほか長い時間をかけてしまった探索になったのでオドロキでした。

さあ、次が秀吉の城下町に残る「秀吉イズム」を見に行く“なぞり”です。
と、その前に。
真田丸探してたら、すごくおもしろい坂発見!
写真奥の坂の勾配の激しさといったら!
番組ではとりあげられなかったけど、これも真田丸に関係してるのかも。
なんせこのあたりは空堀だったり、堀だったりと戦(いくさ)に備えていろんな対策がなされたところだろうから。
うわぁ、そう考えると坂道って、ほんと、ドキドキする。

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仙台と大阪で『ブラタモ』なぞり!−その1−
ちかごろ、まちなかで坂を見るとドキドキワクワクするようになってしまった『ブラタモリ』脳まっしぐらの北村です、こんにちは。

(一般的に)松の内も本日までということとて、本年一発目の記事は、昨年の師走にたてつづけて『ブラタモリ』でとりあげられたスポットに行ってみた“なぞりもの”、でいきたいとおもいます。
おもいますのですが。
それぞれのメインはウチのおじぃたちのライブでしたので、遠征にかこつけてちゃっかり寄り道、なので、完璧な“なぞり”というわけにはまいりません。
それでもわたし自身が
「ここだけはどうしてもこの目で確かめたい!」
という場所には行けたので、たんなる自己満足レベルの“なぞり”でありますこと、予めお詫び申し上げておきます。

では、そんな自己満程度具合な“なぞり寄り道”、とっとと始めることと致しましょう。
まずは【仙台(2015年7月11日放送)】よりスタート!
(旅のルートはコチラでご確認ください)


この日のテーマは『伊達政宗は“地形マニア?!”』ということで、政宗公が城下町を作る際に仙台の地形をうま〜く利用していた、ということを検証する街歩きでした。
特に興味深かったのは“水の確保”についてです。
この“水を確保する”というのは、その土地を治める領主にとっては欠かせない事案で、この番組でも何度もとりあげられてきました(例:金沢の辰巳用水、小田原の小田原用水、沼田の用水路)。
仙台でもそれは同じで、政宗公ははるか山奥から城下町まで四つの谷を越える用水路を引いて、領民の生活に潤いをもたらしたわけです。

というわけで、この番組を見てると自然に「用水路」に関心が湧いてくる(モノが“水”だけに)ので、この用水路も見てみたいなぁ! とおもったのですが、なにせ水源付近や開渠で残ってる用水路は街なかからはかなり遠い。
車という機動力がないと、ちょっと・・・・・・いや、かなり厳しい立地条件なので、とりあえずわたしの生身の足で行けるところだけを確認しよう、ということにしました(いつかあの水源付近や、用水路唯一の開渠が見られたらいいな)。

さて、その用水路の跡地や、用水の活用の現状が確認できる場所は仙台駅から歩いて行ける繁華街のなかにあるのでした(地図内のとぁ法


まずはい痢悵軻参(いろは)横町の井戸』。
(番組のタモさん御一行)
(実際に行って撮った現地)
映像で何度も見た現場に立つと、やはりドキドキ致しますですね!

そしてお目当ての井戸!




今も現役で地下水を汲みあげる井戸ポンプ。
この水は、四谷用水がもたらした思わぬ恩恵の地下水という解説が、番組内でなされていました(水をとおしにくい岩盤の地層と、水をとおしやすい砂礫層のはたらきが云々・・・・・・というとても専門的な話。桑子しゃん同様、よくわかりません)。
ひとしきりポンプを漕いで、意味なく水を放出し、手で受けて、そうか、この水は400年近い歴史の証人なんだなとじんわり感動。
これもまた、現地でこそ味わえるものでしょう。

このあと、この地下水を利用していると紹介された鰻屋さんを探したのですが、残念。
午前中であったため、この横丁全体がまだオヤスミモード。
ほとんどのお店が開いてません。なので、鰻屋さんも発見できませんでした。
そのかわり、面白いお店に遭遇することができました。
番組には関係ないけど、ちょっとだけご紹介。

まずはこんな看板を掲げるお店。

「店主が眠くなるまで営業します」
という【昭和レトロバー】。
なるほど、懐かしいったらありゃしない看板の数々。
グリコの牛乳瓶入れも、昭和生まれの人間にはたまりませんね。

そしてこちらはウチのセンセイなんかが気に入りそうなお店。

画面左側でピンボケしてるポスターは【ガンズ&ローゼス】の追加公演のお知らせだったりしています。
ちょっとなかを見てみたいですね。


こういったお店もあるこの横丁。
次回は是非とも各店舗がオープンしてから訪ねてみたいものです。
きっとまた違う顔が見えて楽しいはず。


さてお次は、今回、井戸よりも見てみたかった用水路の跡地を訪ねます!(上の地図の)。
題して『仙台で一番にぎわうアーケード街に残る用水の痕跡』。
伊達家が治めていた時代、このあたりは用水路を挟んで、武士の街と町人の街とにはっきり区分けされていたとか。
その境界の意味もあった用水路の跡が、繁華街のなかに! というとてもワクワクするシチュエーションなのです!
これは絶対に見たい! となるでしょ、そうでしょ!!
番組ではこんな感じで紹介されていました。

そして現地はいともあっさりとフツーにわたしの目の前に現れます(まあ、あたりまえなんですけども)。
でも、わたしにはたいへん嬉しい現地なのです!
ここに昔は用水路があって、右と左とでは街の趣旨(?)が違っていた、わけですから、いろいろ妄想逞しくなるのです。
というか、歴史好きは妄想力が高くないとやってらんない趣味なのです(断言)。

ところでこういう繁華街ではなにに苦労するかといったら、人の流れの途切れる瞬間を待つ、ことです。
こういった歴史的におもしろい箇所を撮影するとき、なるべくなら現代人が写りこまないようにしたい、と願うのはしぜんなきもちなわけで、この時も、かなりの忍耐を強いられました。
なにせ休日の繁華街。まったく人がとおらない瞬間、にわたしは巡り合えなくて、ようやく撮れたのが下の3枚でした。


まあ、こんなもんでしょうかね。
とにかく仙台では、この用水路の跡地には絶対に行きたい・行くのだと決めていたので、この目で確認できて満足したのでした。
ばんざーい。


【大阪編】は次回へつづく!


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あけました!


今年はほんとーによい年になりますように!!

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