LP×3。
先日、ちょっと事情があって、新装版じゃないほうの『地球音楽ライブラリー THE ALFEE』を読んでいたら、31年前の今日・9月17日にオールライブバージョンのアルバムである『ONE NIGHT DREAMS 1983-1987 SPECIAL LIVE EDITION』が発売されたというので、あら懐かしいこと、と現物を引っ張り出してみたよ。
じゃーーーん!
でかい、でかいよ!
なぜなら当時はCDプレーヤーがまだ高根の花だったので、わたしはLPレコードを買ったから。
でも確か、CDバージョンもカセットテープバージョンも、みんなこのサイズだったような気が・・・(合ってる?)

ご親切に全収録曲が記されたシール。


ボックスの裏にはこちらも懐かしい「A」マーク。
(収録会場が印字されてる)

それから受注生産だったからシリアルナンバー。
大事に保管していたつもりなんだけど、よく見ると白いケースに黄色いシミ(汚れ)がついてしまってるのが、月日の経過を感じさせるなぁ、としみじみ。

で、これを開けると入っているもの(↓)。
レコード×3枚、コンサートパンフレットのようなメンバーの写真満載の冊子、歌詞冊子。

歌詞冊子も、でかい。けど、レコードよりは心もち小さい(どっちやねん)。
ライナーノーツでなく、ほんとに歌詞しか印刷されてないのだった。

レコードは黄・緑・赤の3色のカバーに分けられて入っていて、レーベルも同色で統一されてる。
黄色が1(one)。右端にカウント(今でいうなら「Disc1」てやつ)とアイコン。



緑が2(two)。カウントとアイコンはセンターに。



3は赤(three)。アイコンとナンバーは左端。



3枚並べると場所取るー。


当時、これの売り文句が『アルフィー初のライブアルバム』だったような気がするけど、今ではライブのセルDVD(Blu-ray)は必ず出してくれるし、シングルの特典に何らかのライブバージョンを入れてくれてるのを見ると、これ、出しておいてくれてよかったー! てなるね。
とはいえ今自宅にレコードプレーヤーがないので、これが聴けないのは、ちと寂しい気もする。

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ALFEEなんでも分析学 −秋の特別講座−『アル中地層解説』。
本日は久方ぶりにウチのおじぃたちが野外でライブする日なので、留守番組の皆様は朝からソワソワでございますよね。
もちろんわたしもソワソワしていますよ。いったいどんなセトリでぶちかましてくれるんでしょうね、楽しみです。
とまあ、そんなソワソワしてるなか、やれ地蔵になるなだとか、推しの看板背負ってるんだからとかいうご高尚なお言葉が上から降ってきてて、まぁ、その方たちはいつものライブでさぞやご立派なんでしょうね、絶対に誰にもイヤなおもいはさせてないと言い切れるんだ、すごいなぁと、厭味のひとつを言い返してみたりしたくなってしまうこの性分、なんとかして。

いや、そんなことはおいといて。
本日は久しぶりの講座開催でございますよ。
先日ですね、地層(断層)の写真を見ていて、ふと、我々アル中のファン層をこれになぞらえたら面白いんではないかしら、とおもったので、なんの前触れもなく始めるのであります。
それがこの講座のデフォルトですのよ! ほっほっほ!!

ということで、ハイ! 資料配るから見るように!!
クリックすると大きい画像が開きます

全員の手元に届いた?
じゃあいきましょう。
えー、資料の写真は40周年の夏のイベントの客席ですけど、これね、べつにどこの会場でもいいんです。概ね、どこの会場でも似たようなものなので、ひとつのサンプルとして捉えてください。
それで、そこに居る我々ファンを
「あなたのアル中人生どこから?」
で、層分けした場合が、こういう感じ(↓)になりますよ、てやつです。
どうです、一目瞭然! 地層って、ほんと、わかりやすいですよね。
あ、ちょっと書き忘れてるんで、地層の厚さ「44年」て書き足してもらえます? すみませんね、ハイ。
それでですね! その44年の分厚いファン層のいっとう最初−つまり始祖層。
デビュー当時から『メリーアン』までの “上積み” 時代のおじぃたちを支えた素晴らしい方々が構成するこの層は、もう尊敬の対象以外のなにものでもありません。
この層より上に属する者は、こちらの方に遭遇したら無条件でひれ伏します。
「みなさんのおかげです!」
てやつで。
ちなみにわたしはこれまでふたりしか、実際にお目にかかったことがございません。

でもってその次の層。
お待ちかね、『メリーアン層』でございますよ。わたしもここに入りますが、間違いなく、ここがいちばん厚い。
いうなればアルフィーの歴史層のなかの《大発生》(モノホンの地質学だと逆に《大量絶滅》になっちゃうんだけど)ですね。
けど見て。層の中ほど右寄り。ここね『メリーアン離脱層』。
『メリーアン層』には、一時期様々な理由で離脱してしまった方々の層が入るんです。
お話しを聞くと離脱期間はだいたい90年代後半から2000年前半あたりに多いんですが、みなさんちゃんと復活してくれている。
これが嬉しいじゃ、ありませんか。

え?
『メリーアン層』でないけど、一時離脱で復活組です、て?
あら、それは申し訳ない。
じゃあそれも各自書き加えていただけるかな? 

ん?
『メリーアン層』から上をひとからげに『最新規層』って手抜きじゃないのか? ですか?
いや、ご尤も。
ご尤もなんですけど、こういうまとめ方しないと、ちょう細かーーーーーい層を幾つも重ねないとならなくて、資料画像として成り立たないんです。
なのでこういう大雑把なまとめにしてしまいました、ごめんなさいね。

はい?
『Promised Love』や『冒険者たち』入りは、そこそこの層の厚さだとおもう、と?
いや、ですからね、それ言いだしたらタイアップ曲きっかけは、1曲・1曲ひとつの層で表現しないとならなくなるんですね。なのでまとめたんです。
ごめんなさい。

いや、決してわたし自身が『メリーアン層』だってことを威張りたいわけじゃないです!
違いますよ!

・・・なんか不穏な空気になってきたので、もう講座はおしまい!
次回も未定! 
ほんとは『坂崎幸之助の因数分解』か「坂崎幸之助の元素式図』てのをやりたいんだけど(文系のくせに)。
小ネタ DE ALFEE comments(3) trackbacks(0)
永遠の闘い。
平成も終わろうというのに、この問題はいっこうに解決を見ないのであった!

元増田はどうやら5chの転載らしいですけど、それは置いとくとしてもこの『唐揚げにレモン』問題。
ここでも2009年にわたしが文句垂れてます。
ズバリ『トリ唐にレモン汁。』
それでコメント欄でまきねぇ様が教えてくださったTシャツを後日お送りくださってですね。(↓)
着用して歩き回るほど肝が据わってなかったので、ずっとハウスウエア(笑)にしてたんです。
そしたらしょうがないんですがかなり黄ばんでヨレヨレになってしまって。
なので実はもう捨離してしまいました。その節はありがとうございました、まきねぇ様(完全な私信)。

それはそれとして。
わたしは今でも唐揚げレモンかけられるのは「イヤ」です。
レモンそのものは別に嫌いじゃないけど、トリ唐に限らず揚げ物にかけられるのが、とにかく「イヤ」。

だって味が変わっちゃうから。

かける派の方はそれがいいかもしれないのですが、わたしは柑橘系の味が加わるのが耐えられないんですーーー!
お願い、わかって!(泣)

てなことをわたしが訴えた甲斐あって、わたしの友人たちは黙ってレモン絞ることはしないでくれるようになりました。
今では注文したトリ唐がテーブルに来たら
「はい、これ、あんたの分!」
と、最初から取り分けてもくれますのーーーん! ありがとう、友だち!!
その代わり
「あの時の形相は・・・」
と「かけないで」をアジテーションしたわたしのことをネタにするようにもなりましたけどね。
ありがとう、友だち・・・。

とりあえずここ読んでくれてる皆様、ご友人・職場の方と宴席を囲んでトリ唐がテーブルにあった時は
「レモンかけていいですかぁー?」
そうひと声も、かけましょうね。
それでその場は平和です。

どうでもいい話 comments(0) trackbacks(0)
息をするように書く。

元記事(しんざきさんが書いたほう)を読んで抱いた感想をブコメに書いたのだけど
私はどうだったのかなぁ。
文章書くのが好きだと自覚したころには
書くことは当たり前になってたから、その経過は覚えてない。
このとおりなので、母親に小学校低学年時代の私の程度を訊いてみた。
したら
「よく褒められてた。花丸たくさんもらってきてた」
とのこと(おかんも昔過ぎてよく覚えていなかったので漠然としてる)。
私自身の、うっ   すらな記憶でも色気(気取ってかっこよく書いてやろう)が出るまでは褒められてた気がしてたから、どうやら脳内改ざんはされていなかったようでひと安心。
とはいえ、基本的に「作文」に苦心した覚えはないので、私はやはり「書けない子」ではなかったのだろう。「計算(算数)できない子」ではあったけれども。

ではなぜ、私は「書けた子」だったのか。
明確な理由は不明だが、おそらく、私は【とにかく表現したい子】だったのだとおもう。
元記事に沿うなら
「なんで動物園に行ったの?」「どうしてライオンを見たの?」
そう訊かれる前にじぶんから
「昨日ね! 動物園行ったの! そんでライオン見たの!」
誰も訊いてねぇよ、なのに言っちゃう子。くわえて
「あとね、ゾウさんもいたよ! ほんとにお鼻が長いの。そんでね、そんでね虎が大きくてね、キリンはね」
などと、とにかく見たもの感じたことを次々話し続けて、で、話してるうちに絵まで描きだして、挙句描きながらゾウさんのお歌まで歌いだす−そんな子だったのだ(わたしが今、こうしてブログを書いてるのもご納得いただけるのではないだろうか)。

で。
低学年のころはその「聞いて、聞いて!」満載の直情的な文章が大人にはウケたのだろう、たぶん。
でも前述したように、私自身に(ほかの子より立派なものを書いてやりたい)的な欲が出始めたとたん、褒められることも花丸貰うことも格段に減った。
おそらく“私が書きたいもの ”と “大人が書かせたいもの” に齟齬が生じ始めたのだとおもう。
なので「気張ってかっこよく書いた(つもり)」のに、あれこれダメ出しされて不貞腐れ、すっかり「作文」がイヤになってしまうのだ。そういう意味では小学校中〜高学年の間、私は「書けない子」だったかもしれない。

そういう面から考えるとしんざきさんも
「作文が書けない子」には、かなり幅広いグラデーションがありまして
としているように「作文が書けない子」のなかには当時のわたしのように「わたしが書きたいことを書きたいように書きたいのに書いてもわかってもらえないから書きたくない」子も居るんではなかろうか、とおもった。

そういう子には、「表現」の訓練だの「発想」の方法だの教えようとしたって無意味だ。
だってそんなことは(本能的に)「わかってる」から。
そうじゃなくて。
「書きたいことを書きたいように書かせて。そしてわかって」
なのだから、あるのかないのか知らんが【作文授業の学習指導要領】的ものに示された模範解答に近づかせようとせず
「すきに書いてごらん」
としてあげたら案外がーーーーっと書いてくる子も、きっと多くはないだろうけど、居るような気がする。
学校の作文授業は、そんな感じの子を、篩い落としているんじゃなかろうか。




追記:どうやら《ごく自然に文章が書ける》側だった私の幼少期の環境を書いておくと、とにかくやたらと本がある家だった。
センセイのご自宅もそうだったようだが、高見澤家と明確に違うのは私のおとんは教職者ではなく単なるお茶屋だったので、本棚で目立ったのは立派な文学全集(あることはあった)よりもフツーのエンタテインメント小説の類、エッチな四コマ漫画文庫、海外の戯曲、地図本、歴史解説本等、通俗的で大衆感丸出しのもの。
本来子どもが見るのはいかがなものか、な本も隔離されることなく、積まれていた。
半面、マンガ以外の本ならおかんが黙って買ってくれて、松谷先生の全集に至っては率先して買い揃えて与えてくれた、という面もあった。
そんな家だ。
これってやはり関係しているのだろうか。
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貴女はバラより美しい。
今更な話しかもしれないけど、こういうつぶやきを見たので。
          (↓)
オスカル様は「白」より「赤」という気がしないでもないけど「赤」はまんま『ベルサイユのばら』だった。
アントワネットロザリーが『ピンク』なのは納得。
フェルゼンは真澄様になってた。
というか、この商品ラインナップが凄い。なんで今まで知らなかったんだ。

ありふれた日常 comments(2) trackbacks(0)
私の何を知りたいの?
なんかこんなハガキきましたのん。
  (↓)
『東京都市圏パーソントリップ調査』とな。
こういうものらしい。
無作為に抽出した、とあるけど、こういうのに選ばれるなら、もっと嬉しくて楽しいものに選ばれたい。
そもそもわたしの行動範囲なんて、大半が自宅と勤務地の往復のみなのに、それを知ってどうするというのか。
まあ、いいけど。
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行くぜ、熊本!−その2−
先日と変わらず、まだチケットが取れたかどーだかわからない状態なのに、時間ができると熊本のことをいろいろ調べてしまって、調べるたびに楽しみ度合の棒グラフが高くなっていきます。
いまは現地の路面電車(熊本市電)に乗るのがたいへんに楽しみなのですが、まあなんでしょう!
車体のバリエーションの豊富さときたら!!
こーいうのや

こーいうのや

こんな感じのだけでなく

レトロ感ただよう車体も

いわゆるラッピングも

水戸岡デザインの車体もある!!

他にもあらゆる色・意匠の車体が走ってるらしいので
こりゃもう、可能な限り乗りまくってカメラに収めたいですよ!


よくよく考えたら九州って、希少列車(観光列車)の宝庫だよね!!



鉄子の道 comments(2) trackbacks(0)
あーにーよーぅ!
うきゃぁあああああ!
嬉しい!!
ほんとのほんとーに年内に発売されるんですね?!(疑心暗鬼)
やったあ!

中学の時初めて触れた作品の新作を、今もまだこうして読めるしあわせ。

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読・読 comments(0) trackbacks(0)
「がんさく」と読んじゃダメ、「にせさく」。

野田秀樹という人の演技には以前『おのれナポレオン』で衝撃を受けたわけですが、今回は脚本の筆力に衝撃を受けました。
なんつー物語を書く人なんだ!

あたりまえっちゃああたりまえ、なんだけど、同じ古代史をモチーフにした物語でも、新感線の中島氏が書くものとまったく違うテイストで、深層心理というか、感情の奥深いところまで図々しく踏み込んできて、がっつり爪痕残して去っていく感じの物語でした。
だから観終わったあとも、感想言いあうとかより、いま観てきた物語を、じっくり脳内で反芻しないといられない感じでありました。
いやー、演技もさることながら、脚本家としての才にもおったまげさせられました。


んでもって。
お目当ては天海さんだったわけですが、これもまたおったまげ。
だって

天海さんが悪役!

なんだもーーーーーーーーーーーん!! うぎゃーーーー! 
わたし、そのことに耐性がなかったものですから、結構ショックでしたの。
それでもやっぱり、立ち姿は出演者のなかでは断トツで輝いていたし、嫌な奴でもかっこよかったです。
剣(つるぎ)掲げた決めポーズがめっさサマになる人って、いまの日本、天海さんかウチのセンセイくらいなもんですよ!(鼻息荒い)

でも、演技でキラッキラに光ってたのはだんぜん深津っちゃんでした。
ほんとうに素晴らしかった。
鬼の化身というか、鬼の遣いというか、ようするにサイコパスなお姫様の不気味さを見事に出していて、わたしはわたなべまさこ先生の不朽の名作である『聖ロザリンド』のロザリンドをおもいだしてました。
彼女の、いまわの際のセリフ、よかったなぁ・・・・・・。



ところで。
先日も書きましたが、わたしは本を読むことはすきですが、決して「趣味です」と言えるほど読んではいないので、恥ずかしながら本作の原案というか、野田さんの発想のもととなった坂口安吾の『桜の森の満開の下』は読んだことがありません。
また同氏の『夜長姫と耳男』も未読です。
加えて、物語の基盤にある古代の飛騨王国の言い伝えのことも知りませんでした。
なのでかなり悔しいおもいもしました。
それらを基礎知識として持っていれば、この舞台、もっと面白く観られたに違いない。とおもったのです。
ああ、己の不勉強が情けない。
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台風ニモ負ケズ。

とりあえず公式から公演延期のお知らせが出てないので、来たよー。

久々の天海さん。

野田マップなのでちょっと緊張してます。

ケータイ見聞録 comments(0) trackbacks(0)
Text:©2004 瀬戸際日記Neo.
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