すまをかえしてください。

年末、ファン卒業時に妹におしつけたライブDVDのなかから『ドリスマ』を持ってきて、と頼んだら、さすが、そのほかにも我々お気に入りのツアーのものも持ってきた。

でもやっぱり『ドリスマ』を観る。

15年前のライブだけど、リリース当初にアホほど鑑賞したので、かなりのことを覚えている。
中居のネクタイピンが飛んで指切ってる瞬間や、ライブ会場の映像モニターにメンバーの靴だけがアップになってたことや、メンバーの各所の表情など、この記憶力をどこに置いてきた、てほど覚えてて、そんで泣けた。

なにしろ名曲揃いのセトリはもとより、若い(失礼)メンバーのダンスフォーメーションのかっこいいこと(揃ってないけど)。
ついつい、映像にあわせて歌ってしまう。
「1,2,3,4,5respect!」
でもってアンコールのたたみかけるような曲の組み方は、やっぱ中居の構成だよなぁ、と実感させられる。
ファンのツボをこころえてやがるのだ。
ああもう、ほんとにこの『ドリスマ』ツアーなら、タイムマシンで戻って、もう一度参加したい!


そしてファイナルの日のメンバー各自の挨拶から『BETS FRIEND』の流れはもう、涙なしでは見ることができなかった。
この日の彼らは
「来年も」
「これからも」
「SMAPが大好きです」
と言っている。

それがどうして15年後にこんなことになっているのだろう。




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とてもやりきれない。
こんなに悲しくて辛そうに笑顔で『花』を歌う彼らの姿が最後だなんて。

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“あの頃の未来”は、こんなはずじゃなかった。
今回の騒ぎで、もう2度と無いだろうとおもっていた【SMAP】というカテゴリをよく使っている。
そして今回も、それを選択している。
なぜなら本日は、昔の話にはなるけれど、スマがどんだけかっこよかったか、を、世間の皆さまに再度認識してもらおうと、わたしが持ってる当時の写真を、どーんと放出してやるぜ! と考えたから、なのである。
また、今回、きっと多くのひとが、自身のなかにあるスマに関する記憶を刺激されて
「もう見られなくなるのは、やっぱりさびしい」
と言って解散に反対してくれたのだとおもうにつけ、それって、その当時、これらを見ていたからだよね? と確認する意味も込めている。
なので、ネタとしては古い、ということと、それゆえに数枚はデジタル画像のデータではなく、プリント写真のスキャンのものであるため、粗い画(え)になってしまっていること、を予めお詫び申し上げる次第である。

てなわけでとっととまいろう。

まずはこちらから。
2000年『Smap(発音は“エスマップ”)』ツアーのツアトラ。


アイドルにツアートラック!
もうこれだけで凄い。
引き合いに出して申し訳ないが、今を時めく嵐ちゃんにだって、これはないはずである。
写真は無いんだけど『BIRDMAN』と、このツアーだけだったとはいえ、ツアートラックで全国回ったアイドル。それがSMAPだったのである。

ところでこの3色の組み合わせを、どこかで見たでしょ?
たとえばこの新聞の全段広告とか(左側のページ)。
名だたる新聞広告賞を幾つも受賞したこの広告を、ご記憶の方も多いのではないだろうか。

作成したのは、多田琢氏と佐藤可士和氏。

わたし個人は、今回の騒動で渦中の人となった敏腕マネージャー“I女史”の最大の功績は、スマの広告プロデュースをこの両氏に任せたこと、にあるとおもっている。
それまでのアイドルの広告の概念をいっきに覆して、アーティスト性を全面に打ち出してくれたおかげで、我々のような歳のいったファンが
「ファンなんです」
とカミングアウトしても恥ずかしくないアイドルになった、と感じたものである。
だってねぇ? アイドルのアルバム広告なのに、顔写真が無いって。
これまでだったら有り得ないでしょうよ。
なのに、それをやっちゃったSMAP。
やっぱすごかったのである。

んで。
実はこのアルバムはジャケ違い、のはしりだったりして、3色パッケージなのだ(右側ページ)。

そして当時のわたしはもちろん買った!
いちおう断っておくけど、ウチのおじさんたちのCDとは違って、収録内容は3枚とも同じ。
それでも買ってしまうほど、当時のわたしの入れ込みようは熱かったのだ。



さて、こういう手法の広告展開はしばらく続く。
翌年の『ウラスマ』でもそれは健在で、渋谷がスマにジャックされた! みたいなコンセプトで街に黒地にピンク、のロゴがあふれた。
こんな感じに。


いちばん上の写真は、今はもうない渋谷の東急文化会館である。
首都高からもよく見えたので、通る時は誇らしかったものだ。

この東急の会館にはそのまた翌年の『ドリンク』でお世話になる。
このときは、ビルボード広告に重きを置いていた気がする。
こんなのや

こんなの。

あとこんなの。
これを探して都内を走り回った(もちろん車で)のも、楽しい思い出。
また、当時はほんとにこの飲料が発売されたので、その自販機も探したものだった。



さて、ジャケ色違いの話に戻るのだが、スマには3色パッケージ以外にもそういったお遊びがあった。
「ダジャレかよ!」
と、多くのファンもツッコんだ『Vest』がそれ。
全12色。
ただベストの色が違うだけ。内容は同じで特典ナシ。
それを当時のわたしは買いましたともさ!
はっはっはー!!
忘れもしない、銀座の山野さんの店頭販促会場だった。
「赤以外(赤は妹が自身で買うと言ったので)の全色ください」
と言ったときの店員さんの驚きの表情(かお)。
「本当に、赤以外の全色ですか?」
念押しまでされたものさ。
ああ、当時のわたしって・・・・・・。

それから『MIJ』も、である。
ここには15枚しか写っていないが、16種のパッケージがあって、こちらも銀座の山野さんにて購入。
もうほとんどヤケになっていたのかもしれない愚行であるが、でも買わずにはいられなかったのだ。
今回、久しぶりにこれらCDを眺めて、あの頃の情熱をちょっとおもいだして
「てへっ」
となった。


とかいうわたしのノスタルジーはどうでもよくて、とりあえず、2000年から2003年までの、カッコイイSMAPの記録をご覧頂いた。
どうだろう、再認識して貰えただろうか。

もし再認識できたのなら、どうかこのあともSMAPの応援をよろしくお願いします。
わたしなんかが言えた義理じゃないけど、それでもとにかく彼らを守ってやってください。

どうかひとつ。

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『がんばりましょう』


元ファンでも感動してしまうやろ、毎日さん。

くだらん“大人の事情”で、あんなに楽しい時間をくれた彼らが消えるのは我慢ならん。
影ながら応援しとりますぜ。

ファンのみなさん、踏ん張りや。



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チケット全部。−おもひでのジャニーズ・SMAP編−
先日、ウチのおじさんたちのコンサートチケットを行ったぶんだけ全部並べてみよう! と試みたとき、実はジャニーズ関連のチケットも並べてみてました。
単なる記録と自己満足だったんだけど、でも20年前のものあるし、今とはたぶん様相が違うだろうから昔を知らない若いジャニヲタさんの目に留まればいいな、とおもったので、出すことにしました。
ま、実のとこ「おもいでの」とか付いてますけど、対象はSMAPとKinKi Kidsだけですけどね。

ではまず【SMAP編】。

1995と1996年のツアー(?)のもので、上段の奥のチケットが“あの”代々木ホワイトシアターのチケット。
いまや都市伝説化した“ビギナーズラック”で、もう超・神席。
目の前で見たSMAPの6人※は死ぬほどカッコよくて、一発で『ジャニーズ麻疹』に罹患して以降、人生初のジャニーズファンの道を歩くことになります。
そしてもう一枚は、もう絶対に開催しないであろう浜松アリーナ公演のチケット。
まだこの頃は、購入枚数・会場制限も落選も無くて、好きなだけチケット買えた時期でした。
信じられないでしょうけど、SMAPにもそんな時代がありました。


1996〜1998年のもの。
一番上はSMAPの初めての東京ドーム公演のもの。
FC枠でなくて一般で取ったのだったと思う。なのに6連番で、1階スタンドの一番前、というこれも現代では信じられない買い方ができた時代。
この頃はSMAPが「グイグイ来てる」のを実感してました。
が、その「グイグイ」はこちらの予想をはるかに上回るスピードで世間を席捲していき、中段の1997年のツアーの時には現在の枚数制限制が導入されてしまいました。
おかげで自力で東京公演が取れず、友人の伝手でなんとか譲ってもらえたのが、この長野の“昼公演”。
そう、SMAPがまだ昼夜2回公演をやってた正真正銘の《アイドル》だった最後のツアーでした。
下段のチケットは翌年の東京ドーム公演。
枚数制限は導入されたものの、まだ“落選”することはなく、申し込めばほぼ100%取れた時代の最後だったとおもいます。


1999年。
未だ“落選”はないものの、同会場3公演だと私と妹名義だけではまかなえず、この時初めて“スマ友”さんにチケットを譲ってもらいました。
ネットというものの利便性を実感した出来事でした。
そしてこのツアーが、SMAPがSMAPとして確固たる地位を得て、一定の方向性を打ち出してきたものだったと個人的にはおもってます。
とにかくただただ、かっこよかったのであります。


2000年。
ここで初めて“落選”を体験しました。
加えて、東京ドーム公演の数日前に木村の結婚発表、という衝撃にも見舞われて、もうズタボロなメンタルで参加しました。
上段の公演は、結婚発表後2日後。木村がひとりステージに立って、我々ファンにメッセージを語ったとおもう。
別に泣きはしなかったけど、納得はできなかったなー(だって相手が相手なんだもーん←まだ言う)。
ところでこの2枚のうち、どちらかがネットで知り合ったスマ友さんから譲られたものなのですが(さすがにどっちかは忘れた)、現在でもその方とは細くはありますが交流が続いています。
わたしは比較的スマ友さんに恵まれたほうで、お互いファンを卒業してもなんらかで繋がっているのが密かな自慢です。


2001年。
スマファンには前年に引き続いての大衝撃を受けた年。
上のチケットの時はまだ5人で公演してたのに、次の公演のときには4人になっちゃってたという。
下の東京スタジアム(現味の素)公演で、のちに“バッファ”の大量発生を生む要因となるトロッコ(フロート)が初披露。
わたしの席の横を通って行ったなぁ・・・・・・。

本当は札幌公演は2DAYSで、両方参加したはずなのにチケットが1枚見当たらないのです。
事情は覚えているんだけど、無い理由は思い当たらないので謎。
ファイナル公演の日、東京へ戻ってきて帰路の地下鉄に乗っていた我々に、女性がひとり近づいてきて
「吾郎ちゃん、出てきましたか?」
と訊いてきました。
ツアーグッズを持っていたので、ファンだとわかったからでしょう。
ファイナルには吾郎ちゃんが来るかも? という密かな噂がありましたから、気になっていたのでしょうね。かなり真剣なおももちだったことを覚えています。
出なかったことを伝えると、そうですかとがっくり肩を落として下車していった彼女は、吾郎班だったのかも。


2002年。
SMAPのピーク! もう間違いなくピーク! 規模も構成も勢いも最高潮のツアーだったと断言できます。
もしタイムトラベルできたらこのツアーなら、また参加したいほど。
そのくらい素晴らしいツアーでした。
(『世界にひとつだけの花』が出た年でもあります)
けど、初日の名古屋公演は、わたし個人にとっては別の意味で忘れられない日に。
そしてあまりにいいツアーなものだから、あちこち遠征していますね、わたし。
がんばったなー。







2003年。
前年の勢いそのままの大規模ツアー。
遠征もかなりしてるなぁ、となると、そうです、ウチのおじさんたちのほうにややしわ寄せが出ている時期でもあります。
実際この時分のALFEE側の記憶がいちばん薄いです。




2005年(2004年はツアーなし)。
初の国立競技場公演が印象的だった以外は、残念ながら特筆すべきことが思い出せないツアー(苦笑)。
当時のエントリを読み返せばいろいろ書いてあるだろうけど、そんなものがなくてもこれだけは! と覚えてるものが無いという程度だったんだなー、いやはや。




2006年。
スマファンとして最後のツアー。
印象的なエビソードはふたつ。
ひとつは中居BDの福岡公演。台風が近づいてたせいで飛行機が大揺れして、酔ってリバース。
もうひとつが国立競技場で中居が肉離れで踊れない、というアクシデント。
今からおもうと最後がこれか! という感じです。


スマファンだったのはおよそ14年です(ALFEEと一緒でファンになってからコンサートに行くまで数年を要しています。だってジャニーズ独特のチケット発売方法がわからなかったんだもの!)。
こうして振り返るとあっという間なんだな、と感じますが、当時は中身の濃い、とても楽しい時間でした。
よのなかにネットが普及し始めたこともその一因だったとおもいます。
同時に、ジャニーズファンの特殊な世界も垣間見ることができ、貴重な体験をしたともおもいます。
(うちわとかペンライトとかフッフーとかHDDレコーダーフル回転とかCM確保に命がけとか!)
わたしはファンを卒業はしましたけども、彼らのファンになったことを悔いたことは一度もありません。
嘘・偽りなく、楽しかったと言えます。
だからこうしてチケットもちゃんと保管してあるのでした。


次回はKinKi Kids編。


※・・・忘れてるまたは知らない方も居るでしょうけど、SMAPはもともと6人グループでした。

最後にわたしの自慢をひとつ。
わたしが入会したときのSMAPのFC会員証。
カードでなくて、キーホルダータイプ。
これを持ってるのは確か30万番台の会員までのはずで、それより大きい数字の会員はフツーのカードに変わったと記憶しているので、いまだに自慢なのだ。


SMAPのカテゴリーを久しぶりに使ったなぁ。
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おもひでがいっぱい。


部屋のなかをスッキリさせようと、いろんなモノを処分している最中に出てきて、つい、懐かしさに浸る。
携帯電話持ってなくても買ったのだなー。
つーか、昔はストラップもシンプルだったのよねっ。

笑っちゃうほどスマグッズがたくさんあって、処分するのがたいへんだす。
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懐古。
It saw after a long time. 『SMA×SMA』

They whom I had loved were there.

However, time doesn't return.

My feelings have not returned any longer either.
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『花』は何処へ行った。
元記事:「『世界にひとつだけの花』考」@Ohnoblog2


(卒業したのにこのカテゴリ使うとはおもわなかった)

「イヤだ」、「うそ臭い」、「負け犬ソング」と言う人々がいるのは知っていましたが、まさかこんなに激しい拒絶反応を示す方々がいるとは知りませんでした。
とゆーか、知ろうとしなかったのかもしらんですな、ファンでしたから。
まあ、そういった立場のものが書きますので、無意識に擁護的なものになってしまうのではないか、という危惧を抱きつつも本題。

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だから、犬?
えーと。
壮大なる夫婦喧嘩ということで、『ヴァージニアウルフ』モチーフと考えてよいのかな?

だいたいが夫婦喧嘩は、周囲の人間のほうがものごとの真実を見極めていたりするけど、ここも佐々木法律事務所の面々がいちばん冷静だった、とゆーことやね。


昔からの言葉で『夫婦喧嘩は犬も喰わない』てのがあるけど、だからラストは犬が横切ったのでは、あるまいな????




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あら。


読んでた本の一行。
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