帰れない。

幸いなことに無職花子の生活を終えることができたので、金銭的はともかく、精神的に少し余裕が生じたので、減らした春祭りのどこかに行きたくなった。
だったらいつも東北公演で逢えるアル友さんが参加するいわき公演にわたしも行こうかな、とおもいたったので、往復の足について調べてみた。
ただ、ゼゼコの関係で日帰り前提、であったので、まずは常磐線の時刻表をば・・・・・・と確認したら。

したらなんたること。

日帰り、できないのだ、いわき。
常磐線の最終が22時台の1本(各駅停車)で土浦止まり、てのはまぁいいとして、夜行バスも出てない、のにはさすがに驚いた。
なんで? なんでなん? 東京発のいわき方面夜行バスはたんと運行しとるのに、なんで逆の運行は20時で終わるの?! ありえへん! 
と憤慨してしまった。
けどもいつまでも怒っていても仕方ない。
じゃあ、郡山まで出て新幹線で帰れないかと、磐越東線のダイヤを確認したら、なんとこっちは最終が19時台!!
うそやろ!?!?! 
である。
19時って。
なんぼなんでもまだ「宵の口」じゃないのか? ちょっとした残業で働いてる人もまだ居るやろ?
19時ってそういう時間帯だとおもうぞ。
それともそれは都市時間なのか?
でも、まがりなりにも新幹線の駅へ行く路線なわけで、その最終が19時台って、つまりいわきの人は、緊急に新幹線に乗る用ができても20時近くだったらもう、郡山に行けないじゃん、そんな時はどーすんの?!
などとまるでいわき在住者なきもちで怒りにも似た感情が湧いてしまった。
だってわたし、いわきには行ったことあって、そんなに田舎じゃなかった記憶がある。というか、よくある地方の都市で、わたしの故郷・静岡と似たり寄ったりな印象、だったから、あの静岡だってもJRの最終が23時台なのにまさかいわきがそんな殺生なダイヤで運行してるなんて・・・・・・! なのであった。
いやまあ、いわきの皆様は自家用車をお持ちだろうから、電車の時間なんぞは関係ないのかもしらんのだが、わたし自身が免許持ってなくて、基本電車移動の人間なので、どうしても電車中心に物事を考えてしまうのだ。なので見当違いの憤慨だとはおもう。
が、それでもやっぱり最終が19時台、てのはちょっとびっくり、で、同時にいわきからはなにをどうしても日帰りできなくて、てことはいわき公演には参加できないのだと判明して吾泣きぬれてじっと手を見た、のである。
群馬の桐生からは日帰りできて、福島のいわきからだと日帰りできないこの不可解な事実は如何ともしがたい。
(名取なら仙台に戻って日帰りできるのかなぁ)

トホホホホ comments(2) trackbacks(0)
数が苦(すうがく)。
「よのなかには2種類の人間がいる」
という書き出しはどんな文章にも使える、と先日オリラジのあっちゃんが言うてたが、今回はその書き出しを拝借。

よのなかには2種類の人間がいて、これすなわち『理系』と『文系』であります。
(私的にはここに『体育会系』と『芸術系』も加えたいのだけど、本日は不要なので「理」と「文」のみで)
そしてわたしは完全なる『文系』でして、どのくらい『文』に偏っているかと申せば、今年の都立高校の入試問題に挑戦してみたら「国語」と「社会」はそこそこ点が取れたのに対して「数学」と「理科」は惨憺たる有様、というくらい。
(たとえばこんな具合なレーダーチャートに)
それでも理科はまだ生物や地学みたいな問題があったからまだマシだったけど、数学の悲惨なことといったらもう目も当てられないほど。
小・中ともにちゃんと卒業しているのだから、あんなことやこんなことも習ったはず、なのに、どうしてここまで覚えていないのでしょうか。
自身の脳に問い詰めたいです。

そもそも私は『数学』以前の『算数』で躓いているのです。
はい、あれですよ、悪名高き“分数の割り算”。
「なんで割る分数のほうをひっくり返すのさ!」
という疑問に誰も答えてくれないのと同時に、その理屈をどれだけ説明されても解らなくて(未だに解らない。ネットに出ている懇切丁寧な解説文読んでもダメ)、そこでもうお手上げ。
立派な「算数嫌い」の一丁上がり、でありました。
そしてそのまま歳をとり、もう「数学的」なこととは無縁で生きていけるだろう、と安堵していたわけなのですが。

・・・・・・いま、苦しめられております。
「五角形の内角の和」とか、図形の等分記号なんかが目の前に現れて、わたしを苛むのであります。
最近では【横に引かれたいっぽんの線に垂直線をコンパスを使って引く】という難題が立ちはだかり、途方に暮れました。
しかも
「小学生のときみなさんよくやったでしょう」
とか言われて、そんな記憶すらない私はフリーズするしかないのでした。

みなさんは覚えてますか? コレ(↓)
中心Oからコンパスで同じ寸法で(a)(b)を求め、(a)(b)のそれぞれの位置から中心までの寸法より大きな円弧を描き、それぞれの交点を結んだ点に線を引きます。

説明されれば理屈は解ったもののそれでもなお
「ほんとにこんなこと教わったかなぁ・・・・・・?」
という猜疑心が。
どこまでもダメダメなやつです(アル友さんに高校の数学の先生が居るので合わせる顔がない)。

とはいえ今後も「算数的」で「図学」なことに向き合わねばならない現実が待っているので、何度も何度もおさらいして、いまさらな知識を仕入れている日々であります。


トホホホホ comments(4) trackbacks(0)
第2のお年頃。
老眼もだいぶすすんだ。
白髪が眉毛にまで出てきた。
お月さまも居るんだか居ないんだか定かでないことが増えた。
そしてついに、急に暑くなって汗をかくようになった。

うーん、ついにきたか第2の“お年頃”。

おかしいのぅ、ウチのおじぃたちという『命の母A』を摂取しているのに。
いま、ツアーがないからかな。
春祭り始まったら、また治まるかしら。

でもまあ、お年頃なのは間違いないので、ホンモノの『命の母A』を試してみようか。



ああ、やれやれ。
トホホホホ comments(3) trackbacks(0)
返ってきた暑中見舞い。
なにかとアンポンタンなわたしですが、つい先日も長年間違った解釈をこの曲にしていたことをおもい知り、がっくし凹んだところです。

もうちょっと説明すると、3日放送の【ミュージックフェア】でウチのおじ(ぃ)さんたちと直太郎君が『我が良き友よ』を歌っているのを初めて“ちゃんと”聴いて
「この暑中見舞いって、友からの返事じゃなかったんだ!」
ということに気づいた、てことです。

そうなんです。
わたしはそれまでこの歌を上っ面だけ聴いていたので
暑中見舞いが返ってきたのは 秋だった
のところを、大雑把な性格の友が、大幅に遅れて返事を寄越したんだと、おもってきたんです!
うきゃー、恥ずかしーーー アタ((ヽ(´Д`;ゞ=ヾ;´Д`)ノ))フタ!!

でも歌詞をちゃんと読めばそうじゃないことは一目瞭然。
おまえ今頃どの空の下で
だし
便りしたため探してみたけど
なのです。
だからこの暑中見舞いは、あちこちを転々として彷徨って結局
「宛所に尋ねあたりません」
で戻ってきた、わけなので、わたしみたいな勘違いのしようもないストーリーなのに、なんでわたしは・・・・・・。
ムッシュと拓郎さんに、平身低頭でお詫び申し上げたいきもちでいっぱいです。
ああ、情けなか。

みなさんにもこんなようなこと・・・・・・ないでしょうね・・・・・。

トホホホホ comments(0) trackbacks(0)
いつも遅いのである。
生意気にも
「乗り鉄子ですよ」
なぁんて自称してるくせに、わたしの活動はほんものの【テツ・テツコ】のみなさんの足元にも及ばないわけで、なかでもそれが顕著なのは、情報収集に於いてです。
たとえばわたしは、一度は、電車の新車両の路上搬送(陸送)を見てみたいものだとおもっているのですが、じゃあいつそれが実施されるのかを調べよう! というほどの熱を持つまでには至ってないのです。
なんかの拍子でふいに
「あるってよ」
と、街中ですれ違いざまにささやかれたらいいなあ、みたいな
「そんな都合のいい話あるか、ボケ!」
なことをほんわりと妄想する程度なのです。

そして今回もそのアンテナの鈍さが祟った出来事が。

(クリックすると専用サイトへ進みます)

【JR九州 SWEET TRAIN 或る列車】

これ、運行されるのは知ってんだけど、まさかのまさか。
期間限定だったとは読み落としてたよ!
来年の初夏あたりにおかん連れて強行日帰り旅でも、と計画してたのに、なによもう、大分コースも長崎コースも、どっちも完売じゃないのさ!(長崎コースだけは、旅行代理店主催のほかの観光込みプランが残ってるっぽい)

ここだよ、ここ。この詰めの甘さなのだよ、わたし!
「乗りたいなぁ」
が、うすぼんやりしすぎてるから、大事な情報は見落とすし、出遅れるしで、結局乗れない。
アホや、アホとしか言いようがないわ。
もうこうなったらJR九州さんが再びこの列車を走らせてくれることを、今度はアンテナ感度をたかーーーーくして待つしかない、よね。

どうかJR九州さん、またこの列車を走らせてください。
お願いします!



トホホホホ comments(0) trackbacks(0)
「いつもはこんなことないんです」。
残暑お見舞い申し上げます。

毎日毎日、アホのように暑いですが、皆様にはご健勝であらせられますか?
いくら先日の夏イベントの暑さを乗り越えたからって(特にグッズ販売待ちのとき)、お互いもういい歳なんだから重々気をつけて過ごしましょう。


とまあ、なんか歯切れ悪く書き出しておりますのですが、それには訳がありまして、今日この暑いさなかに、わたしが今年のはじめに体験したとある恥を、晒すことを致すからなのであります。
ええ『恥』です。
本来ならひた隠しにして、なんなら墓場まで持って行くのがまっとうな神経の持ち主な『恥』ですが、けども同時に、ここに読みに来てくださる方々には、絶対にわたしのようなメには遭ってほしくない、とも願っているので、今更ながらではありますが、暑気払いの意味も込めまして、赤っ恥を告白しようと決めたのであります。

題して。
瀬戸際版、です。

つーか、こうして笑いに昇華しないとあんまりにも情けない話なのでやってらんない、という心情をお察しくださいませ。

そんなワケで、このあとのわたしの『恥』に、いいよ、いいよ、暇だからつきあってやるよ、と仰る方のみ、お開きください。


続きを読む >>
トホホホホ comments(6) trackbacks(0)
不運続き。
こにゃらちは。

パソコンが直って(というか初期化されて)戻ってきたのでようやく復活です。
待っててくださった方もそうでない方もお久しぶりでした。お元気ですか?
わたしは元気なんだかそーでないのかよくわかりません。
なんかもう、新年だっつーのによくないことばっかりたて続けに起こって精神的にヘトヘトです。
(賢様の還暦祭に行けなかったこととか、そのチケットに関して情けないことになったこととか)

ひとつ言えるのは、みなさん、パソコン買うときは長期保証に入っておいたほうがいいよ! てことです。

わたしゃ今回のHDDクラッシュは、通常の保証期間が切れてたので、実費で修理しましたのですが、なんなの、あの費用の高額さは。
新しいパソコン買ってもたいして変わらんのとちゃうか? というところギリギリの費用設定で、ただでさえ春ツアーのチケット先行申し込み期間故のお財布事情に大打撃。
泣くに泣けない、とはまさにこのことでした。
これが保証期間なら、無償だったかとおもうと・・・・・・!

だからみなさん、今度パソコン買うときは、費用ケチらないで、長期保証に入りましょうね! 絶対!!


いやしかし。
パソコンが手元にないあいだにもいろいろ書きたいことが出てきたりしたのですが、やはりその時に書かないとアカンですわね。
勢いが削がれるといいましょうか。
どーでもよくなってしまうわけです。
危ない兆候ですね。
でもようやくパソコンも戻ってきたので、また、うだうだ・ちまちまと書きますよ。
今後ともよろしゅうに。

トホホホホ comments(2) trackbacks(0)
本を読む女。
参考記事:『「文庫女子」フェアが色々ひどすぎた』@田舎で底辺暮らし

わたしはツイッターをやってないので、やや出遅れた感があるが、本好きを吹聴してる身としてやはりこれは看過できない案件である。

『文庫女子』案件。

文庫女子」フェアは、文庫の売上低迷を打破するために、「文庫をもっと読んでもらう」ことを目指して店頭の仕掛を強化します。様々な販売データの分析から、「書店には20代〜30代の女性客が多く来店しているにも拘わらず、文庫購買比率が著しく落ちる」ことが判明。そこで文庫の増売には、まず20代〜30代の女性をターゲットにした施策が効果的だとの考えから今回のフェアを企画しました。
「文庫女子」フェアでは、この年代の女性が「食べ物」や「健康」などの流行を毎年生み出していることに着目し、「文庫を持つことがオシャレである」というトレンドを作り出すことを目標としています。

《フェア運営『TOHAN』サイトより》



出版側が本を侮辱してどうする。

本は読むものである。
その“読むもの”を“持つこと”へ格下げし、あまつさえ“オシャレ(しかもカタカナ)”のカテゴリーに押し込めようなどという愚考。
わたしのようにターゲットの年代からは大きくはずれているおばちゃんだっても
「ズレとるなぁ」
と、もはや怒りを通り越し呆れているくらいなのだから、ロックオンされた本好きの若い娘さんたちの怒りは容易に想像できるというものだ。

そしてはっきりと申し上げよう。
企画担当の皆さん。
冷や水ぶっかけて申し訳ないが、あなた方が
「買って欲しい」
と狙いを定めた20代〜30代の「食べ物」や「健康」などの流行を毎年生み出しているお嬢様たちは、この程度じゃ、本は買いませんよ。
だって彼女たちのアンテナは本に向いてないんだもの。
それこそ「食べ物」、「健康」、「オシャレ」に向いているのだもの。
そこに【本】の入り込む余地はほとんどないのです。
本を読む時間は惜しいのです。やることは他にいっぱいあるのだから。
だから諦めなさい、彼女たちに買ってもらうのは。

というか。
【書店には20代〜30代の女性客が多く来店しているにも拘わらず、文庫購買比率が著しく落ちる】
のは、彼女たちが“買わない”所為だけなの?
“買いたい”本がない、てことは考えないの?
(まさか“買って欲しい”本と“実際に売れている”本に相違がある、じゃないよね?)
そういう観点からも、このフェアはズレてるとおもうのだ。
ほんとにちゃんと調べてからやってるの? 的な。
調べてないから、紀伊国屋渋谷店のように「やらかし」ちゃったりするんでないの? 的な。
あと。
ここは声を大きくして言いたいが、なんで20代〜30代の若い娘さんたちにそこまで拘るのだ! ということ。
だって、それよりちょっと上の世代なら結構文庫本、読んでるから。
もちろんわたしも。
この年代層の購買量では足らんのか? ダメなのか? 若くないとアカンのかーーー!!

―失礼。

とにかくこの『文庫女子』。
ネーミングからして
「やれやれ」
感が満載だが、そのターゲットもズレていること甚だしく、出版業界は早々に見直しを図ったほうがよろしいとおもうぞ。
本を読む女はちゃんと居るのだ、よく見ろ。


トホホホホ comments(0) trackbacks(0)
こんばんわ、北村クリステルです。
今夜のニュース瀬戸際、まずはこのニュースからです。

昨夜、某音楽雑誌をようやくに購入した女性がその経緯をおもしろおかしく綴った文章の中に、誤った故事ことわざが使用されていたことがわかりました。
その文は、『渇しても敵陣の水は飲まず』と記されたもので、正しくは『渇しても盗泉の水を飲まず』であるべきでした。
無知な書き手が、知ったかぶりでドヤ顔に表したものです。
普段からこの女性にはそういうきらいがありましたが、今回はその性質が災いして大恥をかいたかたちになりました。
女性は謝罪会見を開くことはないようですが、我々の取材に対して
「間違いて覚えてしまっていたことは間違いないことで、たいへんお恥ずかしい限りです。今後はこのようなことがないよう、言葉はきちんと確認して書くように致します」
と神妙な面持ちで応じました。


「言葉は時代と共に変化していきますが、古くから伝わり、語源がはっきりしている故事ことわざについてはやはり、正しく覚えて使用したいものですね、木村さん」

「ええ、まさしく仰るとおりなんですね。現代の略語や若者言葉を若ぶって使っているからいざというとき、こんなことになるんです」

「まったくですね。それでは次のニュースです」





ということで、故事ことわざ『渇しても盗泉の水は飲まず』とは
【読み】 かっしてもとうせんのみずをのまず
【意味】 渇しても盗泉の水を飲まずとは、どんなに苦しいときであっても、決して不正なことは行わないことのたとえ。

【注釈】 どんなに苦しい境遇にあった場合でも、決して悪事には手を出さないということ。
孔子が山東省を旅行しているときに、泗水にある盗泉という名の泉のそばを通りかかった。
孔子はからからに喉が渇いていたが、「盗泉」という泉の名を嫌い
名前だけでも身が汚れる」
と言ってその水を飲まなかったという。
その故事を晋の陸機が詠んだ詩
「渇しても盗泉の水を飲まず、熱しても悪木の陰に息わず喉が渇いても、盗泉という名のついた泉の水は飲まず、
熱くても、悪木と呼ばれる木の陰では休まない)」に基づく。
「渇すれども盗泉の水は飲まず」ともいう。
【出典】 『猛虎行』

です。
(出典:故事ことわざ辞典

申し訳ない。
なんで間違って覚えてたのかなぁ。

トホホホホ comments(0) trackbacks(0)
オーッホッホ。
『黄色い声』
てのは、若い女性の声として喩えられた慣用句なんで、以前わたしは賢様に
「若干オレンジがかった声」
そう揶揄されたわけであります。(このとき⇒以前のかなけん

確かに『TOKYO BAY-ARE』とかあのへん(1980年代後半)のライブDVDと、最近のDVD観ると、ファンの
「きゃー!」
て声には、明らかに違いがあります。
我々の平均年齢が20代であった頃の
「きゃー」
にあった透明感というか、専門的に細分化したときに判るであろう声のヘルツの高さが、聞き取れないわけです。
同じ歓声なのに。

で。
こういう如実に現れる声の老化現象はなにも
「きゃー」
に限ったことではなくて、笑い声にも出てきていて、ほら、おもいだしてくださいよ、テレビのバラエティー。
ターゲット視聴者層の年齢が高いときの観客の笑い声と、逆に若者対象の番組の笑い声を。
ね、違いますでしょ。

10代〜20代前半の女性の笑い声は
「キャーッ」
を主体にして
「ヒャッハッハ」
が続き、ぶっちゃけ耳障りなほどカン高い。
20代後半〜30代(いわゆるアラサー)女性はその
「ヒャーッ」
が主体になってきてはいるけど、まだ若者と大差ない。
なのに一気にアラフォー世代になると
「ワッハハハハ」
のように呵呵大笑できるようになる。
でもって四十路を超えたらなぜか
「オーッホッホッホ」
というざーますおばさん笑いが身につき、その後はもう
「ガッハハハハハハ」
おっさんの笑いと同化していく。
いやほんと。
気づかないうちにそうなってる(なっていく)。


先日、新しいメガネをつくろうとおもい、ショップへ参ったわけですが、そのときの視力検査で
「まだ文字を大きく見せるものは必要ないですね」
などという壮大な湾曲表現で言われたので
「それって老眼鏡? そうなの、まだ要らないのよ」
のあと、自然に
「オッホッホッホホホホ」
が出てしまったのであります。

ちょっと凹みましたよ。

なんで
「ホッホッホ」
やねん。
「あははは」
でいいじゃん。
なのに
「ホホホ」
て。
それがまた自然に出ちゃったのがもう、なんか、なんと言うか・・・・・・。

仕方ないんですよね、ええ。
そういう歳だもの。
アンチエイジングしてても限界はあるわけで、けど、こうして自覚のないままにいきなり自身が体現しちゃうと愕然とするわけですよ、ほんとに。
あー、べっくらこいた。





トホホホホ comments(0) trackbacks(0)
| 1/11 | >>