スマホ・タブレットでご覧の方は
「PC版」表示にてお願いします
                               
汝の敵を愛せよ、とまでは言わないが。
このカテゴリー「死霊のはらわたが呆れかえる」ばかり使っているのは、この感染症の所為、にしておこうか。

ちょっとセンシティブな内容になりそうなので、ワンクッション置きます。
心構えしたのち、開いてお読みください。




続きを読む >>
死霊のはらわたが呆れかえる comments(1) -
昨日買えたなら。

よのなか、トイレットペーパー&ティッシュペーパーのデマで懲りてるとおもってたんだけど、そんなことなくて、懲りない面々ばっかりなんやな、とわかった一昨日と昨日。
いつも行くスーパーでも買いだめが起こってて、インスタント食品・冷凍食品はもちろん、なぜか卵や乳製品やパンまでも軒並み売り切れで
「だめだこりゃ」
と呆れたんだけど、マジで我が家の冷蔵庫から卵がなくなったので、仕方なく今朝、買いに行った。
ほんとは外出する気なかったのに。
そしたら賞味期限の日付が惜しくて、昨日買えてたらもしかして「4月15日」だったかも、とおもった話し。

いやぁ、参った、参った。
死霊のはらわたが呆れかえる comments(0) -
幼児性求めすぎ問題。


どうやらオンエア期間が終了して見なくなったので。

わたしもほんとうにこのCMが耳障りで、イヤでイヤで仕方なく、控えめに言わなくても「不快」でしかなかった。
これが「番組」なら見なけりゃいい、ができるけどCMはそうもいかなくて、急いでチャンネル変える対応、しかできなくてたいへんだった。
なので放送が終わってくれて心底ε-(´∀`*)ホッとしている。

とはいえ、こういう「やたら高くて舌ったらずでぺにゃぺにゃ喋ってる」声が聴こえてくるCMはこのドーナツのものに限らない。
そう、ゲームのCMだ。
あれは異様でさえある。
なぜかと言えば、女の子のキャラの、顔や体つきはあきらかにハイティーンなのに、声だけは【幼女】だからだ。
なのでそのアンバランスさが奇妙に見えるのだ。

いったいいつ頃からこういう事態になったのかと思い返すが、アニメ『セーラームーン』の主人公もすでに「やたら高くて幼い」声だった記憶があるので、ここ5年〜10年のことではなさそうだ。

それにしたって最近の「幼児性」への欲求は、すこし異常だとおもう。
ほんとうにおさないもの(赤ちゃんとか幼児)ならまだしも、見た目はりっぱな大人なのに、中身にはおさないままでいることを強要するような向きは、さすがにいかがなものか。
この前も土曜18時からのお台場局の歌番組見ていたら、二十歳を超えたアイドルが
「ママのお手伝い(を最近始めた)」
と言っていてべっくらこいた。
確かに最近ではもっと年上でも公の場で「お父さん、お母さん」と言っちゃってるから(中居も退所会見でやらかしてたなー)そういう時流なのかもしれないけど、それでもやっぱり「ママのお手伝い」はなかろうよ、とおもった。
さすがに司会者も、そして同じグループの仲間もツッこんでいたので安心したが、あれをファンが
「カワイイ〜」だの「萌え〜〜」
とやるのだろうとおもったら、そっちのほうが気色悪くなった。

ところで大きなお世話は百も承知で言うと、あのこの事務所は、公の場での物言いとか、ちゃんと教えてあげていないのだろうか。
だとしたらそれはあまりに酷い。
成人したひとは、ちゃんと成人として扱ってあげないとかわいそうだろう。
彼女が将来、グループから離れて活動する時に一般常識を知らないせいで苦労したり恥をかいたりしないように育ててやるのも事務所の役割だとおもう。

死霊のはらわたが呆れかえる comments(2) -
SNSも同じです。

SNS上にも、自称「医療関係者」のインチキくさいアドバイスがゴロゴロしてますけど、それはどうなんですか? ちゃんと見極められているんでしょうか? 
テレビの情報を鵜呑みにするのとSNSの情報を鵜呑みにするのは同じだとおもうんですが。
確かトイレットペーパーのデマの発信元はSNSでしたよね?
ドラッグストアの空になった棚の映像を先に広めたのもSNSでしたけどね?
テレビのほうは不安を煽るからダメで、SNSはいい、のでしょうか?
だとしたらその理由は? 公共性? 影響力? 利益を得ているから・・・まあ、訊いたところで返ってくるのはわたしには理解できない理論に基づいた理由だろうとおもいますけど。


テレビを腐すのは勝手ですが、自身を「情報強者」だと驕るのだけは控えたほうがいいと思います。
昨日の厚労省のへんな投稿も、結局「言い過ぎでした」だったんだから。
それともそういう情報は目に入らないようにできてるとか? 便利な「目」ですね。
てか、勝手な理屈と解釈で公文書は破棄するわ、嘘はつくわ、誤魔化すわ、ちゃんと答弁しないわ等々・・・あきれるほどの「内閣」官房に関係した組織の投稿を、よくここまで信用できますね?
そっちにびっくりだわ。

それにしてもSNSにどっぷりになったひとって、判で押したように既存メディアを貶め始めるよね(ついでにレイシストにもなっちゃう)。
これ、どんな現象?
流言飛語・デマ・嘘の多さはで言ったらSNSのほうがはるかに多いはずなのに。
Twitterユーザーのいちばんイヤなとこは、そこ。
(とくに投稿主は同世代なので、めっちゃ恥ずかしい。おなじに見られたくないなー)



死霊のはらわたが呆れかえる comments(0) -
だめだこりゃ。

心底呆れるニュースだなあ。
日本青年会議所がどんな組織か知らんのか、Twitterジャパンは。

Twitterのアカウント持ってる方は、今後のことよく考えたほうがよくってよ。
死霊のはらわたが呆れかえる comments(0) -
カツ丼のレシピに「タマネギを切る」と書くべきか否か。
一度バズって以来、惑星の公転周期のようにある一定のサイクルでプチバズりを見せる2013年の『ALFEE KITCHEN』ですが、あれが異様にウケたのは、センセイがカツ丼調理に於いて、本来食べやすいサイズに切るべきタマネギを切らず、まるごと親子鍋に入れてしまった部分にあるわけです。
で、我々ファンはもちろん、そうでない世間の皆様もおそらく、タマネギを丸ごと煮ようなどというとんでもないことをしたのが “高見沢さんだから” 面白かった、のだとおもうわけです。
ところでその衝撃の場面でセンセイは訴えます。
「だって書いてないよ、切るって〜〜〜(泣」
これに坂さんは返します。
「書いてなくても切りなさいよ」
のちのち、賢様も言います。
「書いてなくても『歩きなさい』という指示のとき、右足出して左足出して、までは書かないでしょうよ」
ご尤もです。
ですが。
このDVD、わたしも去年の秋ごろまでは、もうセンセイったらホントにお茶目さんなんだから〜〜と心底笑って見ていられたのですが、秋が深まるにつれ、笑っていられなくなってしまいました。

というのも、去年の秋、突然の人事異動により業務を後任者に引き継いだのですが、その際に渡した引き継ぎ書をめぐって
「タマネギ切ると書いてないから、正しいカツ丼が作れません」
的なことを何度も言われるようになったから、なのです。
ええ、そこにはむろん、わたしが作成した引き継ぎ書が穴だらけ、という事実もあります。
そこは素直に認めます。
ですので深くお詫びして、不足部分は追記し、独りよがりな部分はわかりやすく書き直し、要請される表記方法には従い、何度も訂正しました。
でも。
でもです。
例えば
「ここの「書類を郵送する」と書いてあるところですが、封筒のサイズや切手の代金が書いていないので郵送の方法がわかりません」
と言われた時にはさすがに固まりました。
言ったのが新卒の若者ではなく、おそらくわたしと同年代のいい大人、だからです。その人だってこれまで仕事をしてきて、郵便物を一度くらいは出したことがあるはずなのに? です。
なのにその人は
「書いてください」
と言うのです。
しかもその「書いてください」は、社封筒と切手の保管場所、レタースケールの置き場所、郵便料金をどこで見ているか、にまで及んでいました。
ちょっと待って。
社封筒が保管されている棚も、切手の入っている引き出しケースの場所も、レタースケールの置き場所も、郵便料金一覧表が貼ってある場所も、あなた、知ってますよね? それなのに?
ええ、それなのに、です。
「書いてください。でないと郵便が出せません」
の一点張り。
なので、書き足しましたとも。
その人の席からも見えているはずの封筒の保管場所の棚の位置を。切手収納ケース・レタースケール・郵便料金表の位置を。

このとき、ふいにわたしの脳裏に蘇ったのが
「だって書いてないよ、切るって」
というセンセイの言葉でした。
そうか、センセイのアレは天然なのかもしれないけど、でもよのなかには本気で
「書いてないとできない」
と言う人がいるんだ、と知ったのです。
そして年末までに何度もこれに近い遣り取りがあり、かなりウンザリしておりました。
それでも年内にはなんとか引継ぎも終わって、新年からはもう、不毛な応酬はないだろうな、と安心していた本日。
やられました。
税金に関係するちょっと特殊なサイズの書類を扱う業務の引き継ぎ書に「点線に沿って書類を切り取る」と書いたのですが(実際にわたしも切り取っていました)、それについて
「これ、切り取ると書いてありますが、なにで切るんですか? 書いてないのでわかりません」

これにはあきれ果てましたですよ。

切る道具なんて、なんだっていいよ、てか、現代のオフィスで紙を切る道具ったら、だいたいハサミかカッターじゃん、どっちだっていいよ、キレイに切れるんなら! 決まりなんてないよ!
というようなことを、かなり優しく言い換えて、伝えました。
その方は不満そうに
「・・・そうですか」
と自席に戻って行かれましたが、おかげでまた! センセイの
「だって書いてないよ、切るって」
のシーンが脳内再生されてしまいました。
ああ、もう!
あの楽しく面白いDVDが、わたしの中でイヤな体験に紐づけされてしまいつつある・・・!!
やめてぇえええ〜〜(ノД`)・゜・。


とはいえ、わたしはおもい知りましたし、考えを改めました。
或る人の「書いてないとできない」は、わたしから見たら「そんな程度のことを?」だとしても、その人にとってはそうでない、ことがある、と。
自らに置き換えて「書いておいてよ」と言ったことがなかったか? と。
どんな人が読んでも・見ても、わかりやすい説明を書く−ことはたいへんに難しいのだと。
ということで、今後もその手の文章を書く時は、親切丁寧−それもかなり微に入り細を穿つように書こう、と。
おもいましてございます。


ちなみにネットで『カツ丼 レシピ』で検索してヒットした記事の多くにはちゃんと「タマネギを切る」が書かれていましたので、あのDVDのレシピに本当に書いてなかったとしたら、賢様が仰るとおり
「レシピが悪い」
は正しいのかもしれません(笑)。
死霊のはらわたが呆れかえる comments(2) -
しあわせの人よ。

こういう感情を抱いたことが無いひとはしあわせだとおもうよ。
そのしあわせのなかで屈託なく
「どうして祝ってあけられないのかしら?」
とか言ってるんでしょうね。

おしあわせね。

わたしゃわかるよ。
木村の結婚の時がこんなきもちだったから。

しあわせのひとは、しあわせの世界のなかで暮らしていればいいのであって、こっちで黒い感情を渦巻かせているひとのことはほっとけばいいのでは?


死霊のはらわたが呆れかえる comments(0) trackbacks(0)
言ってくれなきゃ、わかりません。
わたしはね、おそらくこのマンガでいうなら《自分軸》タイプです。
えーと
自由・気楽な人
自分を優先して満たす
もらいっぱなし
あげっぱなし
人情を大切にする
自分は自分 人は人
ですかね?
書き写しててなんだかムカついてきましたけど(笑)。

とはいえ。
よく「とんでもない旦那」の例で出てくる、病気で寝込んでる奥さんにむかって
「俺の飯は?」
などと言い放ったり
「俺のことは気にしないでいいからゆっくり寝てて」
と、一見優しげに見えつつ、自身だけ外食してきちゃう “人でなし” なことはさすがにしません。
病んでる人に対する気遣いくらい、できます。
あと、忙しそうにしてる人に
「何か手伝うことある?」
的な声かけもフツーにできます。

それでもわたしはこのマンガで言うところの《知り合い数人での飲み会》に於いて常に(みんな飲んでるかな? 楽しんでるかな?)などという気遣いは、幹事でもないかぎりはしたくない。
つか
そして周囲の人もそうだろうと思っている
というおもいこみに驚きました。
そうか《他人軸》って、彼我の差の感覚を持ち合わせていないんだなー、と。
だからこんなめんどうな言動(↓)になるわけですね。

うぎゃーーーー、やめてやめて。
この “ほのめかす” って行為、恐怖でしかないんですけど!(ユーミン女子がほのめかし大すき、というイメージ)
でもって人の要望を先回りしてキャッチできないのは恥、て!!
もう、目玉飛び出ますよ!
そんなん、エスパーにならなきゃ無理に決まってるのに!(タピオカ飲み残しは女の仕業、と破棄の瞬間見てないのに見えてる似非エスパーなら履いて捨てるほどいるけど)

それからこういう遠回しな言い方(↓)もほんと、やめて!!

なんで
「向こうの人はサラダが食べにくいみたいだよ」
の翻訳が
「サラダ取り分けて欲しい」
なの?! 意味、わからへん! そんな翻訳、ほんとに成立すんの?!
せめて
「向こうの人、サラダ食べたいみたいだけど取りづらそうだね」
にしてくれーーー!
そうすれば
「そう? じゃあ」
って、サラダボウルをその相手近くに寄せたるわ。


《他人軸》のひとは “他人優先” と考えているのかもしらんけど、すくなくともこのマンガ読む限りは、とてもそうとはおもえない。
ここに描かれている姿勢・思考回路はひたすらに自分中心で自己満足にしか見えなくて、たいへんにげんなりします。
なんせ
他人軸の人が身勝手だと思われがちなのははっきり物を言わないからだけど
とわかってるくせに、それをあらためようとはしてないですよね。
あまつさえ理由を述べて正当化しようとして。
そこにはお得意の
やっぱり他人もきっとそうだろうと思っている
という彼我の差感覚の欠如が如実に表れてるのに、自身で自身のことを「気遣い・気配りの人」と自認してるその感覚がおそろしいです。
《自分軸》から見たら、ぜんぜん・ちっとも「気遣い」してもらえてないですから。
こっちは
「要望があるならはっきり言ってくれ」
と望んでいるのに、その『要望を先回りしてキャッチ』できてないんだから。
度が過ぎるまたはピントがずれた気配り・気遣いというのは、役に立たないしなにより《他人軸》本人を疲弊させるだけだとおもいますがね、どうでしょうか。

死霊のはらわたが呆れかえる comments(0) trackbacks(0)
いや、まぁ・・・
あまり愉快では、ないわな。


続きを読む >>
死霊のはらわたが呆れかえる comments(0) trackbacks(0)
これはびつくり。
某大手通販会社のサイトに、わたしが撮影した写真が【商品写真】として使われてた。
てか、そもそもその【商品】てのもさ、という話しなんだが、わたしはやはりひと言モノ申したほうがいいのだろうか。
死霊のはらわたが呆れかえる comments(2) trackbacks(0)
Text:©2004 瀬戸際日記Neo.
| 1/3 | >>