私の太陽。

先日来の《古事記関連書物読み直し強化週間》の続きでちょうどこの本(↓)読んでた。
“私” という樹齢52年のへろへろの木は、発芽させてくれたのは両親で、根っこと根幹は松谷みよ子さんに育ててもらい、成長に必要な光合成のための太陽光はおセイさんーこと田辺聖子さんから与えられ、どうにかこうにかここまで来たとおもってる。
ので、この訃報はとても悲しい。

私の、平仮名多用の文章はおセイさんの影響であるし、また、古典への親しみを深めてくれた感謝もある。
とにかくおセイさんから受けたものの大きさは語りきれないほどだ。

心からの哀悼と御礼を捧げたい。


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リアル「ハイヒール・レジスタンス」。


#kotoo発端の本件。
わたしも社会人になりたての頃は、オフィスをヒールの音も高らかに闊歩するのに憧れてハイヒール買ったんだけど、すぐ足が痛くなってイヤんなった。
それ以来、せいぜい3cm程度のものしか履いてないし、またそれに対してやいのやいの言う連中はいなかったので、そのことに関してだけは恵まれていたのだとおもう。

ハイヒールなんて、ほんとにすきで履いてるひと以外、多くの女性は本音のところでは
「痛いからイヤなのよね」
じゃないかとおもっているんだけど、どうなん?

ところで「靴のせい」言うてる増田さんの意見は、靴選びにはありがたいけど、ハイヒール履きたくない派にはなんの意味もないこと、わかるよね?
どんなに自身の足にフィットした靴だっても、ハイヒール履いて歩き回る、立ちっぱなしってのは苦痛なんだよ(だからマナーだとか社会通念とかで強制しないでくれ)というのが#kotooの本質なんだから。
外反母趾にもなるし!
あと、実はこういうもの(↓)のお世話になってたりするんだよね。
フラットシューズで暮らしてるわたしでさえ必要になるんだから、ハイヒールの方々の足がどれだけ痛いおもいをしていることか。
同性なら容易に想像できるよね。



こういう運動に対してパブロフの犬のごとく『男も革靴で辛いんだ!』だの『そんなこと言うならスーツをどうにかしろ』などと言い募る輩が現れるけど、なんでそこまで面倒見てやらにゃならんのだとおもう。
ハイヒール・パンプス嫌! は、それが嫌なひとが言いだしたわけで、誰かに「言ってよ!」と丸投げしたわけじゃないのに。
とにかく女が声をあげることがただただ気に入らない勢、てのがどこにでも沸いてきて、ほんとに五月蠅い(そういうやつらのつぶやき遡っていくとだいたいアッチ側なんだよねー。お察し)



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時代の証人。
新しい元号が発表された日、それを報じる “号外” に群がる人々の映像が流れていました。その群衆のなかには、日頃「新聞はオワコン」だの「偏向報道」だのさんざんdisってる世代の顔もあったりして、わたしはそれを見ながら、なんのかんの言ってもまだ “新聞” を欲してるじゃーん、とおもいました。

で、先日、ぜんぜん違う用件で探し物をしていたらば、わたしが保存しておいた新聞たちがごっそり出てきて、それをすっかり忘れていたのでたいへんびっくりしたのと同時に、なるほど、とっておこうとおもっただけの『出来事』だったなあ、と紙面を眺めて改めて感じ入りました。

というわけで、そんな新聞紙面を3件、平成最後の日に、出してみます。
世界的な “大事件” と “新記録” と、そういうくくりではないけど、当時のわたしにとっては “画期的出来事” だったものです。

名曲『時代』の歌いだしではありませんが こんな時代もあったねと 同様、こんな時代だったねと。

ではどうぞ。










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わたしもあたまが悪いけど。
上野さんの祝辞が話題になっています。
わたしも全文読みました。
そして「やっぱりすごい人だな」と感じました。

私の個人的見解ですと、この祝辞に “反感” や “チリチリする苛立ち” 、“腑に落ちない” 等の「どうにも素直に聞き入れがたい」感情を抱くのは、それこそその人自身の深層にある《無自覚な差別意識・選民意識・優越感》を気づかされてしまった人、だろうなということです。
とはいえ、現役合格なら18歳前後の若者が大半、な新入生であるので、自身が持っていた差別意識に気づいていないのが一般的でしょう。
いや、いまどきの若者は気づいているのかな? それでいて気づいていないふりをしているのかもしれません。
いずれにせよ、指摘されたくない部分を、上野さんの祝辞はズバズバ突いていて、そりゃあプライドと意識の高い、東大に合格できるような頭脳を持った若者ならムッとすることでしょう。
事実、《不快の念》を表明している人も多いですから。

でもきっと、それが上野さんの狙いでもあったと、私はおもいます。
現状、中央省庁の職員がほぼこの大学の出身者で占められていることを鑑みれば、彼ら・彼女らに “気づいて” もらえることの意味はたいへんに大きいわけです。
そのためには事実を突きつけなければならない。よのなかってのはいまこんなものだと、わかってもらわないとならない。
だから言った、のだとおもいます。
明るい未来を示唆するような美辞麗句や、あなたは特別、という自意識をくすぐるような称賛ばかり並べた祝辞なんて、彼らのなかの無意識の差別意識を増長させるだけですから。

ただ忘れてならないのは、この上野さんの祝辞に「OK」を出した東大側の度量の深さです。
私は実はそちらのほうにこそ、驚きました。
祝辞の内容そのものだけなら、上野さんらしい、で終わりですが、これを読み上げることを許した東京大学という教育機関を、私はちょっと見直したのです。
同時に、まだ希望を持っていてもいいのかな、と感じました。
今年の新入生たちが卒業し、社会に出ていく頃には、いまはびこっている様々な差別が減っている、減っていくよのなかになっている―ことを期待してもいいのかも、と。

そういうよのなかを、どうか見られますように。



ところで今回初めて上野さんを知った方も居られるやもしれませんので、この時にわたしが読み疲れた本を、お奨めしてみようとおもいます。
これを読むと、上野さんの主張とこういう祝辞を言っちゃう背景が、よーくわかります(まだ売ってるとおもう)。
ジェンダー(主に女性差別)について調べる場合、上野さんの持論と本は欠かせないのであります。








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さらば女王様。


カテゴリ『HR(Horse Racing)』で書いたエントリで、ひょっとしたらいちばん名前が出てきたサラブレッドかもしれない。それこそテイオーよりも。

ウオッカがダービー馬なったレースは現地観戦できた。
これは本当に幸運だったとおもう。たぶん生きている間にはもう、牝馬がダービーを制するシーンは見られない気がするから。

献花台が設けられるというから、行ってこようかな。



★わたしがウオッカのことをメイン扱いで取り上げて書いたエントリ一覧
『女王様の後ろ姿』 2010年4月23日
『ウオッカの声が聴こえた(安田記念回顧録)』2009年6月7日
『嗚呼、女王様』2008年11月30日
『アワアワしてても天皇賞』2008年10月31日(予想が当たってる)
『東京優駿(続)〜女王誕生〜』2007年5月27日(観戦後にNHKホールライブに行った)

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「まだ」8年。
「まだ」なのか「もう」なのか、ということを先日オカンと話していて、やっぱり「まだ」だよね、ということになった。
なんかよのなかは世界的なイベントに目を奪われて浮かれているけど、でもぜんぜん「まだ」なんだと、思い返さないと、とおもう。

この “津波の高さ” については、わたしは南三陸にボランティアに行ったとき、如実に違う山肌の色で実感した。
あんな高さまで波が来たのか、と。
なのでひさしぶりにその時に撮影した現地の写真のスライドショーを復活させてみる。

『この目で見た南三陸町』


あと、当時のわたしのボランティアに関する記事も一応。

その1
その2


こうして振り返ると平成は、ほんとうに災害の多い年代だった。
次の年代は悲しみの少ないことを、切に願う。

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Maybe Tomorrow.

わたしは『花の82年組』ではちえみちゃんがいちばんすきだし、彼女と同い年だ。


しみじみ、生きるとはなんて厳しいのだろう、とおもう。

でも、その厳しさや辛さを払拭するほどのいいこともあって、だから生きていけているのだ。


彼女の言葉と決意の強さに、胸うたれる。


明日を信じて、負けずに、生きていくちから。

わたしも、負けない。

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遅まきながら。

謹んで新年のお慶び申し上げます。
昨年はこのような辺境の地にもかかわらず
数々のご厚情を賜り厚く御礼申し上げます。
本年もかわらず御贔屓のほど
隅から隅までずずずぃーと
御願い申し上げ奉りまする。
勘定奉行にお任せで。


ちょうテキトー管理人 北村 夏葉
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されどピンクに罪はなし。




宇野さんが提唱した《ダサピンク》という言葉を初めて見たとき、あー、なるほど、とおもった。
常々、なーんでこれをこんなピンクにしちゃってるんだろなぁとか、なんで女性向けっていうとピンクっぽいのしか出ないんだろう、という謎が一気に氷解した気がしたのだ。
ただわたしには、本気で本人の確固たる意思で
「ピンクだいすき!」
な友人・知人がいたものだから、こういう『ピンクの大盤振る舞い』には需要があるのだろう、と普通に納得もしていた。
それと、わたしの根底にある “少女趣味” (ピンクのもの、ひらひら・フリフリなもの、お花模様・水玉模様は、わたしには似合わないけど、そのものを見るのはすき)な部分も手伝って、“女の子はピンク” という概念は、あながちはずれでもない、という位置にあった。

だが、それを『よく知りもしないひとたちに「どうせ」の意で以って企画されるのは業腹だ』というのはとてもよくわかる。
これまでわたしは、自身の嗜好は「少数派だからな」とどこか諦めており、欲しい『モノ』のにすきな色柄がないときは、購入そのものを断念するか、ぎりぎり妥協できる色のものを買っていたのであるが、それが「どうせ」という意思の所為だったかも、とおもうと腹立たしいやら悔しいやら、になるのだ。
それはちょっと昔、まだスマファンだった頃、番組観覧募集に年齢制限がかけられてたことや、木村が某ブランドバッグのイメージキャラになったことを知った時の感覚に、とても似ている。
「あーそーですか、わたしは顧客として求められていないのですね」
てやつ。
こちら側の意見・意思をまったく無視されている、という悲しさ、である。

それはつまり。
ピンクのものを出すな、というんじゃなく、ピンクと一緒にたとえば黒系・青系も出してくれたっていいじゃない、なのである。
いや、なんならもっとかっこいいピンクのものだったら、買うよ! でさえ、ある。
ピンクのとなりに、黒い線いっぽん、引いてくれたりするだけで違うんだから。
そういう “気遣い” らしきものがなく「どうせ」が見え見えなのは「いい加減にしてよ(呆)」というのが《ダサピンク現象》に対する女性陣の本音で、それは至極単純な
「選択肢を用意してほしい」
に尽きるのではないか、とおもうのであった。


でもって現在、わたしの身のまわりにある「ピンクのもの」を探してみたら、コレ(↓)くらいしかなかった。
どうでもいい報告だけど。

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同じ道を歩きたくない。


「独裁者3人」
とあったら、あなたはどの顔を思い浮かべるだろうか。


原爆の日の前日放送、というのも「妙」だとおもいながら、見た。
映像のほとんどがモノクロで、しかもノイズだらけなのではるか昔のことのように感じるがなに、まだ70年ちょいしか経っていない「つい最近」のドイツ・イタリア・ソ連(現ロシア)でのことであるのだ。
くわえて、この3国が辿った道を21世紀のいままた、世界各国で同じように歩んでいるようにおもえてゾッとした。

特に印象に残ったのがムッソリーニが「独裁者」でいられる理由を問われて語ったという
大衆は強い男を求める。女のように。
的な言葉。
独裁者は、斃されたのち独裁だったために独りでその批難を浴びるが、その独裁者をまつりあげるのはいつだって “大衆” だ。
番組内でも
「民衆は熱狂的に支持した」
というナレーションが何度繰り返されたことか。

「支持した」
と過去形で語られているだけならいいが
「支持されています」
現在進行形で評される国の為政者を、いま、何人も見ている気がする。

わたしも「男」はひ弱よりは強いほうがいいとおもうが、だがその「強さ」は、自身の意に反するものの声を聞かず、切り捨てるようなものではないし、財力を盾に相手を脅したり、武器をちらつかせてるくせに相手には武器を捨てろと言い募るようなものでもない。
そして「女」としては、あいつが襲ってきそうだから先にやっつけちゃってよ、などと「男」を煽るような真似はしたくない。
なにより、過去と同じ道を、歩きたくない。
「あやまちは 繰り返しませぬから」
広島に刻まれたこの言葉は、けっして広島だけのことではない。

この雲を世界のどこの空にも立ち昇らせることなど、二度としたくない。



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©2004 瀬戸際日記Neo.
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