SHU-NO.
評価:
群 ようこ
KADOKAWA/角川書店
¥ 475
(2014-01-25)

特に意味はなくローマ字表記してみた「収納」。
わたしもいろいろ悩んでいる。
てか、それこそ「ミニマリスト」とか、超豪邸に住んでるひとじゃない限り、この「収納」にはみな大なり小なり悩んでいるんじゃなかろか。

ただこの「収納」シリーズを読んで、群さんが典型的な“片づけられない”性質の持ち主だったことにべっくらこいた。
これまでのエッセイを読んでモノをたくさん持っている様子はわかっていたけれど、まさかその根本に“片づけられない”があったとわ! である。
群さんがご自身を「面倒くさがり」で「だらしがない」と表しているし、モノが溜まってしまった経緯を読むと確かにそのとおりなのであるが、そのあまりのズボラさに、心底驚いてしまった。
こんなに小気味いい文章を書ける人が、使ったものを元の場所に戻す、という至極簡単なことを「やらない(できない)」という衝撃。
「意外!!」
というやつなんだとおもう。
それに、わたしだってもたいがい面倒くさがりだ。なんとか手抜き・楽ができないものかを常に考えている。
でも、目の前にある「面倒事」を避けて後回しにしたために2倍・3倍の「超面倒事」になって戻ってくることを想像したら、そっちのほうがもうめんどくさくて、だったら今やっとこう、になってるタイプの面倒くさがりなので、みずからすすんで「いちばん面倒くさい」事態を招いている群さんには驚くほかないのだった。


ところで、群さんを悩ませる「収納」の要因は幾つもあって、着物や食器、使わない家電もそうだが、やはりいちばんは「本」だそうである。
持っている本は基本(シャレじゃない)「捨てたくない」ものだから、買えば買うだけ増えていく本。
なのに部屋の広さと空間には限りがあって・・・・・・というジレンマ&負のスパイラル。
この部分には非常に非常にひじょーに共感した。
なにせわたしの部屋も「本」の収納にほとほと困っているから。
これでもだいぶ購入を控えるようになったが、それでもつい、買ってしまう本。
そしてしまう場所に困って悩む、の繰り返し。
こと「本」に関してだけは、目の前の面倒事を避けたために訪れる倍倍の面倒事を想像できる力が発揮されなくなるのだ。
困ったものである。
しかし、この本の山の始末もそろそろ考えておかなければならないお年頃であるのも事実だ。
群さんを見習って「捨てる!」決心をしなければならない日は、そう遠くないいつか、やってくるのだ。


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読書週間(という名の現実逃避)。

こないだ上越に行ったせいで、どうにもミラージュへの里心がついてしまって、あのあとからずーっと読んでいる。
とはいえいわゆる【本編】ではなく、【邂逅編】と【幕末編】なのだけれど、それはなぜかと申せば実はわたしは【本編】は辛すぎて完結まで読めなかった“脱落者”だからだ。

だって辛いでしょ、本編! 読んでてしんどいでしょ! めちゃくちゃ重いでしょ、そうでしょ!!
あと、妙に“現実世界”が絡んできちゃって(新興宗教による拉致監禁とか、細菌攻撃とか、霞が関の官庁の役人登場とか)なんかフィクションの域を越えてしまいそうな展開にちょっと抵抗感が出たことも手伝って、32巻でギブアップしたのだった。
でも、結末は知ってる。
そこだけは気になったので、ネットの海に漂ってるネタバレ拾い集めて
「嗚呼・・・・・・」
と深く嘆息し、泣きぬれたのであった。

そんな経緯もあって、わたしがいま『ミラージュ』として安心して読めるのは【邂逅編】と【幕末編】なのだ。
文体も、作者の桑原さんの筆力が段違いに高くて、ラノベのレベルはとっくに脱してて、一本の歴史小説としてこの歳の人間が読んでも苦痛でない重厚感と表現力で書かれているこちらのほうが読みやすい、というのもある。
(ちょっと勇気出して本編の『まほろばの竜神』めくってみたんだけど、いろんな意味でうわぁ、て感じだった)
てなわけで、別世界へこころを飛ばせる本の世界へずっと逃げてたんだが、悲しいかな、本はいつかは読み終わってしまうのだ。

桑原さんは、このミラージュは【昭和編】で完結させるようだけど、わたしとしては【邂逅編】の続きを、また読みたいと願っている。
越後から出て、京でも江戸でもよいが、とにかく他の土地で怨霊退治しながら、めんどくせぇ直江とめんどくせぇ景虎様のめんどくせぇ関係が、もっとめんどくせぇことになっていく過程が見たいのである(ドS読者)。
どーせ行き着く先はわかっちゃってるんだし!←(自棄)
とはいえこの作品は登場人物の内情をこれでもかこれでもかと書き出すところに真骨頂があるので、作者の桑原さんの精神疲労度合いを考えたら、安易に
「続きが読みたーーい!」
とねだるのも憚られるわけで、結局また時をおいて、この【邂逅編】を初回から読み直すという作業に戻っていくのであろう、とおもう。
そこには必ず景様も直江も長秀も晴家も勝長も居て、やっぱりめんどくせぇ感情をもつれさせあいながら、でも怨霊退治やっている。

おん べいしら まんだや そわか




*【昭和編】も初巻でリタイアしました。
あまりにも【本編】に近すぎて、やっぱ辛い(打たれ弱い読者)。



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びゅわーん、びゅわーん。
♪はっしっるー あおいひかりの ちょうとっきゅー♪

て歌を知ってるのはたぶん同世代のひとだとおもうわけですが、いきなり質問。
みなさん『新幹線』すきですか?

わたしはすきです。
なんのかんの言うても、乗るとなるとウキウキします。
たぶんそれはわたしにとって『新幹線』は非日常の類だからだとおもいます。
だからもしわたしが“新幹線通勤”してたら
「すきもきらいもあるか、ボケ。乗らなきゃならねぇものなんだよ」
になっていることでしょう(都営A線がそんな感じだもの)。

でも、幸いなことにわたしにとって新幹線は、『どこか遠くへ行くときに乗るもの』であり続けているので、すきでいられるのです。
なのでこんな本を、たとえコンビニの本棚であろうとも見つけたら買っちゃて読んじゃうのでありました。
そして感服するのです。
いや、さすが表紙で『歴代新幹線19車種を完全詳解!!』と謳っているだけのことはありますよ。
まあるい顔が愛らしい0系から、しゅっとしたE/W7系まで、JRの東西を問わないすべての新幹線が、専門データと共に詳しく載っておるので、ホントに「車両がすき」なひとにはたまらんでしょう。
とはいえ、わたしは単なる『乗り鉄』なので、起動加速度とか車体材質とかフリーゲージとか言われてもよくわかりません。せいぜい
「おー、水戸岡デザイン♪」
もしくは
「やっぱ100系がすきだなー」
てなことを言うくらいです。
あとはひたすら新幹線の写真を見て楽しみ、または計画されていた全国を網羅した新幹線路線図に感心するなど、そんな感じで楽しみました。
と当時に、この国の高速鉄道技術というのは、やはり素晴らしく凄いものであるなぁ、と改めて気づかされたのであります。
だって東海道が開通して50年ちょっとですよ?
なのに今や鹿児島から北海道の函館まで、びゅーっと行けちゃうわけです(どこかで乗り換えしないとだめだけど)。
加えてその運行時間の正確性と安全性たるや。
ねぇ? 世界に誇れることですよ?


とまぁ、そんなことはこれ以上わたしが今更言わなくていいことなので、最後に本書で知った『新幹線トリビア』をひとつ、ご伝授いたしましょう。
鉄オタさんじゃないひとはきっと知らない人が多いだろう話しなので、今日から使えるネタになるかと。

それは本文でも何度も使用した『新幹線』という名称について。
なんと、公的正式に『新幹線』が名称として付いている路線は【北陸新幹線】と新八代〜川内間の【九州新幹線】だけ、なんだそうですよ!
他の【東海道・山陽】も【上越】も【東北・山形・秋田・北海道】もあくまで通称(ニックネーム)であり、正しくは例えば【東海道・山陽】は【対応する在来線(東海道本線・山陽本線)のそれぞれ無名枝線】というのだそう。
つまりは在来線のバイパスである、というのが法的定義なんですって!

どう? 使えそうでしょ? どうぞ本日、誰かと会う方は披露しちゃってくださいませな。
どういう話しの持っていきかたにするかは、あなた次第で。

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おしゃれはむずかしい。
先日“正装”に相応しい服なんて持ってないよという記事を書いたのに合わせたかのように読み終わったので、また服についてちょっと書いてみますです。

“正装”というドレスコードのコンサートに行くための服は持ってないにしても、じゃああんたは2010年のウィーン・フィルのコンサートには何を着て行ったのさ? と感じた方も居られるやもしらんので、そのときは、アンサンブルのスーツで行きました、とご説明申し上げまする。

とはいえそこに辿りつくまでもかなり悩みました。
やっぱり私自身のなかには『サントリーホールでウィーン・フィルのコンサート』というのは、それまでのクラシックのコンサートとは別格、の意識があったので。
いうなれば“社交界デビュー”に近い感覚でした。いや、現実には社交界にはまったく無縁な底辺部庶民ですが、それくらい別世界に行くつもりの心構えが要った、ということです。
なので相当悩みまして、結局妹に買い物に付き合ってもらって
「そのくらいでいんじゃね?」
という言葉をもらったアンサンブルスーツで現地へ赴いたのでした。
もし妹にアドバイス貰わなかったら危うく、どこの(年増の売れない)キャバ嬢だ? 的なドレスを買いかねないところであったので、己の“ハレの日”用衣装の選別力の無さにトホホとなったエピソードとなりました。


ところで皆さまは、ご自身の「ほんとうに好きな服」と「似合う服」は一致しますか?
わたしは残念ながら一致しません。
なぜなら、わたしがこころから
「わぁ(うっとり)」
という感嘆の意で以ってすきなのは、ベタベタのブリティッシュ・トラッドのお嬢様服、だからです。
タータンチェックのワンピース(ウエストしぼり)で、襟とカフスはベルベット。それにボレロが付いてたら完璧、てな感じのいつ時代やねん? なのがすきなので、似合うわけがないのです。
なので着ている服は「そこそこすき」「まあまあすき」で「そこそこ似合う」ものになります。
いまだと多くが『うにくろ』か『無印』。
あまり流行のデザインに左右されず、どちらかというとトラッドっぽいものを選んで購入しています。

そもそもわたしはおしゃれに疎いほうです。
というか、おしゃれに夢中になるはずの10代〜20代に勉強しなさすぎたのです。
加えて当時は今ほど『ファッションの多様性』が無い。
なにかが流行ったら、もう右も左もそればっかり(例:ボディコン)! だったので、勉強しようにも教科書が数種類(赤文字系またはサブカル系及びアーバン系)しかないんじゃあ
「どれもこれもなんか違う」
と感じてしまうひねくれた感性の持ち主(わたし)の向上心は育つはずもないのす。
昨今になってようやく、あれもこれもそれも! と、いろんなタイプの服があって選択肢が広がって助かっており、それに伴って教科書もたくさん出版されているので、今更ながらですが
「おお、これはためになるぞ」
そうおもえる雑誌を時々購入しては、勉強に勤しんでいるのであります。


この本を読むと、群さんもわたしとは違う意味で洋服選びに困窮しておられる様子がわかります。
むしろ服に対する強いこだわりがある部分も見受けられるので、たいへん度合いは群さんのほうが格段に上っぽいです。
殊に素材へのこだわりは並々ならぬものがあり、それは群さんご自身の体質の所為、もあるのですが、いやそれがあったら洋服探しはそりゃたいへんでしょう、とご同情申しあげたくなるのでした。
と同時に、わたし自身の年齢を鑑みると、いずれ「そこそこすき」「まあまあすき」な服も似合わなくなってくるのだろうな、ということを覚悟しなけりゃならないな、とおもいました。
でも、できれば「そこそこ・まあまあ」すきな服を着ていられるように年老いたいともおもいました。
ばーさんになっても無印のカジュアルウェアが似合うようでありたいものです。

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脳内タイムトリップ。
若い頃は興味が無かったのに、歳をとってきたら面白くて仕方ないもののひとつに『古地図』があるのです。
きっかけは『鬼平』のような江戸が舞台の本を読むようになったことと、自身でも江戸時代の物語を書いたことですが、いざ古地図の世界に足を踏み入れたらなんてまあ、楽しいのでありましょうか!
特に都内は江戸時代の道筋や町割り、町名がそのまま残っている場所が多いので、現代の街の姿と引き比べたりしてみると楽しさ倍増! なのであります。

今回のこの一冊で何がありがたいかと申せば、ピックアップしたエリアの古地図の解説はもとより、地名の由来や町の成り立ち、ちょっとした逸話を書いてくれているところでございますよ。
知ってる話も、初耳学な話も、とにかく解りやすい文で簡潔に書かれているので普通に読み物としてもナイスですね!


ところで本作の最終ページに『江戸一目図屏風』が、ばばーんと載っているのですが、これがもうとにかく素晴らしくよいです!
圧巻です!!
ブラボーなのです!!!
どれだけ見てても飽きない。いや見れば見るだけ吸い込まれる。
ああ、この時代の江戸も見てみたいなあ。
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今度は猫?
評価:
レイチェル ウェルズ
ハーパーコリンズ・ ジャパン
¥ 880
(2015-09-19)



前の前の前の・・・首相のペットのわんこもアルフィーだったけど、今度はにゃんこでござる。

幸ちゃんが読んだりしないかしら。
 
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ほえっ?!


なに、この『ミラージュ』らしからぬタイトルとカバー。

コメディなの? ミラージュで番外編でもなくコメディなのッ?!
(たぶん違うとおもうが)
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清張さんもびっくり。

朝日掲載の書評にはけっこう裏切られてるので、本作も半信半疑で手に取ってみた。
したらびっくり。
かなり面白い一本であった。
著者のデビュー作とてツッコミ処も多々あるが、なによりも本作の世界観(八咫烏が人の姿をとって暮らしている)の構築のしっかりしていることに驚嘆する。
むろん基礎には平安の公家社会と後宮のシステムがあるのだが、それを実に見事にアレンジして、己のものとしている。
さらに驚くのは、そういう世界を書きあけだのがまだ現役女子大生のうら若き女性である、ということだ。
いやもう、おったまげである。
わたしが20代前半なんて、ここまでしっかりとした設定で話なんて書けなかったぞ。

とはいえ、やはりその若さがネックになっている部分も多い。
いろんな方のレビューを読んだが、大半が同じようなことにツッコミ入れたり苦言を呈したりしていて、やっぱりそうだよね、とわたしもうんうんと頷いた。
その筆頭は、伏線回収の不足である。
何点か、書きっぱなしで解説を忘れているエピソードがあるのだ。
実際にはそれとなくわかるようには書いてあるのだが、まがりなりにも『松本清張賞』の受賞作であるならば、やはりきちんと、書かなくては。
それはミステリーのセオリーである。
また、そもそも張らなきゃいけない伏線を忘れているようにも感じる部分もあった。
しかもそれはかなり重要なポイントで、本作の“キモ”である“どんでん返し”に必要不可欠であるはずなのに。
だから多くの読者がクライマックスの謎解き部で、いきなりの展開を突き付けられて
「はぁああ?!」
となってしまう。
そこは実に惜しい。

また、個人的に気になったのが言葉−単語、漢字、表記の選択である。
これも若いから、なのだろうが、使われる言葉たちが全体的に“軽い”のである。
たとえば、いくら超箱入り天然不思議ちゃん系のキャラが話すといっても、貴族の姫君に
「お腹が痛くて」
というのはどうにもいただけない。堅苦しくとも
「腹痛が」
で表して欲しいわけである。

が、そんなことどもはこの著者なら場数を踏めばすぐ、こなしてしまうであろうとおもう。
どうやら続編(?)も既刊らしいので、買ってみよう。


作品詳細はこちらのサイトへどうぞ。
(そこに出てるキャラのイラストが、どうも入れ違ってないか? と感じる)






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春過ぎて。



百人一首にあるこの歌が、わたしがいちばん最初に触れた“古典”である。
確か小学校2年生の頃だったか。
正月休みのつれづれをなぐさめるのに、おとんが、じゃあ正月らしく百人一首でもやろうと出してきたのである。
そのときまっさきに目に飛び込んできたのが、へんな着物の髪の長い女性の絵のある札(ふだ)で、書かれていたのがこの歌だった。
子どものわたしには、書かれている歌の意味も、由来も、そもそも百人一首というものがなんなのか、ということすらわからなかったが、ようはかるた遊びであるのでやり方はすぐ覚えて、この遊びに勝つためには、札に書かれている文言を覚えなければならない、ということでいちまいいちまい暗記を始めた、のが始まりであった。
そのおかげかどうかは知らぬが、国語の授業に“古典”が入るようになったとき、ほとんど戸惑わずに古語に向き合え、得意科目になったことも今は昔の逸話である。
そしてその古典好きは長じてなお続き、かなりの偏りはあるけれどいっぱし
「歴女(レキジョ)でーす」
などと自称して悦に入っているわけである。

そしてこの作品は、わたしが白鳳・飛鳥・奈良時代に強い興味を抱くきっかけとなったものであった。
なんせ主人公は『あの歌』の作者である持統さんである。
これは読まずにいられない、てんで、同時期に連載されていた『あさきゆめみし』と併読し続け、このたびこちらもようやく完結を迎えたのだ。
なんと足かけ32年。
長い。
連載初回の年に生まれた赤ちゃんも、もういい歳になってるほどの年月だ。
そらわたしの老眼も進むよな、という話である。

満智子先生、ほんとうにお疲れ様でした。
おかげで持統さんをはじめ、元明・元正の両女帝のことや、文武さん、聖武さんのこと、藤原氏がどうやって成り上がっていったのかなど、勉強する気を起こさせて貰えました。
奈良に何度も行くようになったのも、この作品の影響です。
天武・持統陵にはもちろん、先述の女帝ふたりの陵も行きましたよ。
額田所縁の山の辺の道を歩いてもみましたし、額田を題材に一本投稿作品を書き上げ、それが初めて一次選考を通過したのも、いい思い出で、すべて『天上の虹』があったから、です。
改めて、ありがとうございました。



ちなみに、冒頭の短歌は正しくは

春過ぎて 夏来たるらし 白妙の
  衣干したり 天の香久山

であります(マメ知識)。

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マツコに釣られて。
『マツコの知らない世界』を見たその場でポチったのに、手元に届くまで3週間もかかった。
長いよ、密林。


わたしが団地(大型集合住宅建築)ですきな眺めは、夜、とおくに見える、整然と並んだ廊下側の灯りの列だ。
縦横均等−グリッド線にうったドットのようにともるあかりのかたまりは、とても美しい。
特に走る電車の窓の外にながれていく夜景のなかにあると、ずっと目で追ってしまうほどに。


この図鑑を見てると、国土の狭い日本で、いかに多くの人たちに平等に居住空間を提供するか、を追及し続けたお役所の努力と英知がよくわかる。

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