それがどうした。



もう20年くらい前、朝の通勤時にフツーに歩いてただけだが、向こうから来た見知らぬおっさんにいきなり
「ブス!」
と言われたことある。
そんとき
「あんたに言われなくても知っとるわ!」
そう返したらびっくりした顔して逃げてった。

こういう手法でストレス解消するオトコも居る、いうことをそのとき知った。

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立て続けに大きなお世話サマーな残暑厳しき折。


ほんっと、パソコンやスマホの関連て、うるせー奴、多いな。
いまは確かにキーボード入力が多いのだろうし、だから職場では使えないと迷惑がかかる場合もあるだろうけど、もしかしてもう3年くらい経ったら、タブレットタイプが主流になってきてキーボードが廃れるかもしれないのに、なんでここまでひとを見下した言い方できんだろう。

特に入力方法なんて、かなだろうがローマ字だろうがどっちだっていいじゃん。
わたしだってかな入力だが、なんの支障もないぞ。そもそも入力方法が両方あるってのはどっちでもどうぞ、てことなんだから、主流じゃないからってだけで馬鹿にするってなんじゃそら。
まさしく
♪おーきなー おーきなー おせわサマー(サマー、サマー)♪
なのだ。

なんでつぶやきでIT(?)関係のこというやつってエラそうでおもいあがってんだろう。
これでこいつが「させていただきます乱用者」だったら大嗤いしてやる。




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大きなお世話サマー。その2


だからなに?
うるせぇな。
「別にそれが悪い訳ではないけど」
とエクスキューズ入れてるけど、言外であきらかに
「遅れてる」
「だからダサい」
的な空気匂わせてるよな?

だいたいさ、ツアー中にちょっと浮かれてつぶやいたことを鬼の首取ったみたいに
「ネタバレするな」
と叩かれたり、自身はメンバーの肖像権侵害しまくってるくせに、ファンクラブの会報の写真をアップしちゃった人を全人格否定したり(どっちもどっちだろな話)、嫌がる人が多いのに無視して失礼なメンバーの呼称を連呼したり、とにかく何か気に入らないことがあったら告げ口するみたいにすぐネットに出すような魑魅魍魎な連中が跋扈してる世界に、誰が喜んで飛び込むんだよ。
じぶんたちがいつもどんなことやってるか、おもいかえしてから言え。

そもそもSNSやってないからって、それであんたに迷惑かけてんのか?



てなふうに。
ご本人、ほんとに何の気なしにつぶやいたんでしょうが、わたしはかなり本気で
「カチン」
ときましたよ。
どうですかね、それって。
心外だったりしませんかね?
勝手にここで怒ってる人がいる、わけですが、でもそういうもんですよね、そのツールって。
そういうのわかってて、SNSやってるひとが少ない、と言うんですかね?
じぶんを正当化する気はないけど、SNSやらないってのもひとつの処世術だとおもいますけどね(要らん諍いをしなくてすむのだ、わたしの場合は)。
SNS中毒になるよりかは、よっぽどマトモじゃないすか?


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『アイドル』が消えた日。

『アイドル』…idol(英)あこがれの的となる人


私の手元にあるK談社の国語辞典にはそうある。
が、本来の意味は“偶像”だったとおもう。
けどまあ、そんなことはどっちでもよい。
偶像だろうが、あこがれの的だろうが、とにかく『アイドル』とは、その類稀なる才能でもって、我々凡人に夢と希望とパワーを与えてくれる存在、なのであった。

昨夜までは。

昨夜我々が見たのは『アイドル』が、我々一般の“雇われ労働者”となんら変わりはないという現実を露呈した瞬間であった。
どんなに容姿がすぐれていようと才能にあふれていようと、タレントというものは芸能事務所のイチ社員なのだ。
だから雇う側のルールブックがすべてであり、それに逆らったらペナルティを喰らう。
その社会のあたりまえの図式を、見たのだ。
それがどれだけ理不尽だろうと“会社社会”とはそういうものなのだ。

でも、彼らはアイドルだった。
昔よりはるかに身近に感じるようになったけど、まぎれもなくアイドルだった。
だから我々は彼らに夢と希望を見て、元気になれた。
彼らが「あれから僕たちは何かを信じてこれたかな」と寄り添う歌を歌ってくれれば癒された。

なのに彼らが見せた昨夜の姿は。

我々はこれから、何に夢を見たらいいのだ。
何に希望を託せばいいのだ。
何に癒されればいいのだ。

このあとたとえば彼らが「仕事だから とりあえずがんばりましょう」と歌っても
「はぁーい」
とは言えない。
「仕事だから」
を、アイドルは他人事(ひとごと)として歌っていたから我々は
「ありがとー!」
と言えた。
しかしもう彼らの「仕事だから」はリアリティを持ちすぎてしまった。
我々は彼らの背後に事務所のどす黒い大きな影を見てしまう。
しかし影を背負う人間にあこがれる人はいない。
同情を寄せても。

我々は何に夢と希望を見出せばいいのだ、この先。
どう見守れというのだ。

誰か答えてくれ。


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大きなお世話サマー(冬だけど)


気のせいだね、間違いなく。
それかあんたの思い込み。

てか、だったらまず、あんたが妻になる女性の姓にして
「俺は結婚したんだな」
と頬を赤らめてみればどうだ?


この件で、なにがいちばんむかっ腹がたつかってったら、自身は改姓しない・する気もない・考えたことない・変えてくれと言われたら怒る男どもが
「反対」
と言うことだ。
己がやってもいないことを相手にやれ、てのは、まったく説得力がないんだよ。

莫迦をほざくのもたいがいにしろ。
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そういうのが好きな人びと。


これこそがいわゆる『ヤンキー文化』の根幹だとおもう。
そして現代日本人の嗜好の底辺にはこれがしっかり根付いているわけで、この感覚で作られた歌なんかがヒットするし、このスタンスで活動してきたひとがなんか国から賞もらって、まさにこのとおりのコメントしてたりした。

でも飽きてるひとのほうが少ないからしゃーない。
まじめにコツコツ40年続けてると逆に
「ぷぷっ(^m^)」
とか揶揄されちゃう国だもの。

ざけんな、マジうぜーんだよ、ヤンキースピリット。
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いずれの御時でも。
ネタ元:『傘かしげ、こぶし腰浮かせ・・・「江戸しぐさ」のデマ。人はなぜトンデモを信じてしまうのか』@エキレビ!


この本の著者とレビューの筆者は、人に気を遣うのがそうとうイヤでイヤで仕方ないらしい。

というふうにしか読めない記事。
そしてそれのブクマのコメント欄にもそういうひとたちが大勢居てさらにびっくり。

確かにウソはよくない。
よくないが(『嘘も方便』という慣用句もあるんだがな)、それがウソだからって『江戸しぐさ』とされている気遣いの精神が不要なものであるわけがないのに
「そんなものは無かった」
という一点だけに固執して『トンデモ』扱いしてガーガー言っている。
ほんと、そんなにイヤなのかね、他人に気遣うのが。譲るのが。
きっとこういう思考のひとたちが、蹴られて怪我した盲学校の女子生徒に
「通勤ラッシュ時間に乗るな、時間をずらせ」
「被害者ヅラするな」
などと言ったりするんだろう。

雨に濡れた傘を他人様(ひとさま)にあてないように傾げる、とか、座る場所を占領しない、とかそういう気遣いを『江戸しぐさ』とするのがイヤなら『平成しぐさ』にすりゃ文句ないだろ、と言いたい。
発祥の時代はかんけーねーだろーが。


いかん、久々に激怒してしまった。



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怒り心頭。
わたしはつぶやきも顔本も線もやっとらんのだが、こういうときはやってたらよかったかも、とおもわないでもない。

今回の都議会(都民としてほんとうに恥ずかしく申し訳ないですよ)での野次とも言いたくない暴言について、ネット上での抗議活動を広めるにはブログよりもつぷやきや顔本などのツールのほうが早くて確実だろうから。

でもわたしはここで広報しときます。

こういう抗議の署名活動があるので、あなたも怒ってたらよろしく。

『東京都議会における

差別発言を許さない市民一同』


わたしもすでに賛同署名しました。
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“いいとこ取りしたい”自由。
元ネタ:『太田光や伊集院光にはわからない、つまりオッサンには見えない、女の子の革命』@Love Piece Club

連休中
「暇つぶしに」
と上京してくる友人に
「『アナ雪』観に行かない〜?」
そう言われてゾッとしたわたしが書くのもなんなのだが、なんかちょっと
「はぁ?」(春子さんふう)
とくる文言があったので。

けどその前に、わたしはこのヒット作は観てないし、なおかつ主題歌をみんなで集まって歌ったというイベントに関しては、正直
「どひゃー」
てな感じに“引いた”ほうです、と言っておく。

んでもって今回、元記事のどこに
「はぁ?」
になったかと申すと
だって、4歳児でも気がついている。
私たちは、不自由である、と。
4歳児でもわかってる。
私たちは、自由になるべきだ、と。

この部分である。

なに言っちゃってんの? であるのだ。
4歳児云々ではない。
“私たち”だ。
“私たち”って。
ねぇ、誰のこと言ってんの?
もしかして女性全般? 明治・大正・昭和(戦前・戦後)も含めた?
だったらまぁ、わからんでもない。
でも違うよね?
よくてアラフォー、けどほんとのとこアラサーまでの「女子」だよね?
その“私たち”は自由になるべき?

いやいやいやいや、冗談はよしこさん(古ッ!)。

あなたたちは、もうすでにじゅうぶん自由だとおもいますが?
なのにまだ足りないと仰せで?

いやはや、どんだけ貪欲なんだか。

あのね、自由になりたきゃいつでもなれるのだよ。
それが犯罪行為や迷惑行為でなければ、すきなだけ自由にふるまえばいい。
おもうさま
「ありのままの姿を見せて ありのままの自分になればいい」
できるよ、できるんだよ。

けど、しないよね。

理由は多々あれど、そうすると不利益を被ることが解っているから。
リスクが大きいから。
だから自由を選ばない。
確実なほうを選択する。
それでいて
「自由が無い」
などと文句を言う。

なんじゃそりゃ、である。
(てか、そう言えちゃう時点でもうとことん「自由」なのだがな。それには気づいてないようだ)

「私たちは不自由である」
という“そっちの道”を選んだのは他ならぬ自分自身のはずなのに。
抗えないことすら何かの所為にして、みすがら自由であることを放棄しておきながら。
そりゃ太田に
「ブス」
って言われるよ。
容姿じゃなくて、その『義務を負ったり責任は取りたくないけど、好き勝手にしたい』という極めて自己チューな思考がブスだから。
そんな奴らが女の友情語るな。
気高さとか言うな。
おまえらなんか、王子様にキスされりゃ、友人を放り出してお城について行くに決まってる。



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許されざる者。
それにはこのよのすべてがある。
喜怒哀楽も、粋も無粋も、上品も下衆も、善も悪も、虚も実も、夢も希望も現実も、愛も憎しみも、なにもかもが、そこにはある。
言うなればそれは人間そのものであり、だからこそそれを生み出せるのも人間だけなのだ。
そんな素晴らしい

『本』

というもの。

それを、何が気に入らないのか知らぬが破損させるとは。

本を蹂躙することは、「人」を蹂躙することに等しい。
このよを否定することに等しい。
つまり自身を否定することになる。

そんなこともわからないとは。

愚かな。
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