瀬戸際的東海道中膝栗毛。其の参−川崎→神奈川−
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あら、旦那、いらっしゃい。
そろそろお見えになる頃合なんじゃないかとおっかさんと噂してたんですよ。
ええ、ええ、おっかさんもあたしも変わりはありませんよ、おかげさまで。
さぁ、とにかく座ってくださいな、今、お茶いれますからね。
今日のお茶請けは、♪六郷渡れば川崎の万年屋、鶴と亀とのよねまんじゅう、こちゃ神奈川急いで保土ヶ谷へ♪のよねまんじゅうですよ、亀屋のほうの。
はい、そうですよ、神奈川宿まで行ってきたんですよ、いやですね旦那、それをご存知でいらっしたんでしょ?
おや、そうてすか、違うんですか。
じゃあそういうことにしておきますよ、はいはい。

さ、どうぞ、粗茶ですが。
あと、こちらよねまんじゅう。ご遠慮なさらずどうぞ。
あたしもちょっと腰を据えますからね、よっこらしょと。
あらいやだ、口癖が「よっこらしょ」になっちまったわ、あはは。
さて、川崎宿から神奈川宿までこないだおっかさんと川崎詣での帰りに足を延ばしたんですけどね。

そうそう、また旅写真もありますから、ご覧くださいましな、はい、これ。
あ、そちらは川崎宿の街に掲げられてるものなんですよ。
前回の品川もそうでしたけど『旧東海道』ってのは、かなり誇り高いものなんですねぇ、地元の方にとっちゃあ。
ほら、あっちこっちに。




あ、それは小土呂橋の名残。
新川堀に架かっていた石橋だったらしいですねぇ。

それから川崎宿の説明と関札の説明がこれですね。



それでですね、旦那。
この小土呂橋からずーっと・・・・・・市場一里塚近辺まで、道がまっすぐ続いていたんだそうですね。
その距離ざっと「八丁(870m)」。
だから『八丁畷(なわて)』と言われるようになったと、こういうわけですよ。
あら、そんなこたぁ常識だ、ですか? まぁ、失礼しました。

じゃあこっちをどうぞ。
その市場一里塚の石碑ですよ。



この一里塚を過ぎると鶴見川で、越えたらもう鶴見村で、すぐ神奈川宿ですよ。



鶴見村には関門跡がありましたよ。
おもしろいですよねぇ、開国したばかりだから外国人に対してピリピリしていたのがよくわかって。



そのピリピリの空気の中で起こっちまったのが【生麦事件】ですよね、有名な。
そうそう、その案内板ね、個人のお宅の塀についてるんですよ、ちょっと可笑しいでしょ。


でももっと可笑しいのは、その事件碑がいまはちょっと移動させられてる、てことですよ。
なんでかって?
そりゃ旦那、あれですよ、あ・れ。横浜環状北線、あの大きな道路工事の建設。
その工事が行われているあいだは仮設の位置にあるんですってよ、歴史的記念碑も道路様には適わない、ってね、あははは。

とまあ、今回の川崎⇒神奈川の行程はこんな具合ですよ。距離は10kmちょっとで、所要時間は5時間くらい。
え? ですからお土産はその『よねまんじゅう』ですってば。
なんですよ、足りないと仰るんで? いやですねぇ、旦那。食い意地ばっかり張って。
じゃあこのままうちで昼食(ちゅうじき)も召し上がっておいきなさいよ。たいしたものはありませんけどね。
おっかさん、おっかさーん、旦那がお昼召し上がるって! ご用意してちょうだいな。






【おまけ写真群】




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