鉄道遺構を歩く。
今年の春先に『ブラタモなぞり』をやった時に、おもしろそうだから歩いてみようと密かに企画したことを、夏の暑い盛りに実行しました。
題して【アプトの道を歩いてみよう-2016の夏休み-】です。
(画像をクリックすると大きいデータでご覧になれます)

モデルコースは、横川駅脇の『碓氷峠鉄道文化むら』⇔『旧熊ノ平駅』の往復ですが、我々は『旧熊ノ平駅』→『碓氷峠鉄道文化むら』の下りだけの片道を選びました。
(もう年なので、登り坂が続く道はしんどいのです。そのへんはどうかご理解頂き、目をつむってスルーしてください)
なのでスタートは軽井沢駅からタクシーで20分弱走ったあたりにある『旧熊ノ平駅』から。
旧国道18号に面した入口から登って、そこを目指します。
このコース唯一の登り、とも言えますが、登りきるとそこにはまさに『遺構』が。



どうしても頭に
“夏草や つわものどもが ゆめのあと”
の句が浮かんでしまう光景です。
そしてひっそりと建つ碑も。
そうです、ここが『アプトの道』といわれる所以は、明治の頃、碓氷峠を越えるためにアプト式ラックレールが敷かれたことにあるのです。
我々はこれからその跡の道を下っていくのであります。

では、いざ参りましょう!

さて、旧熊ノ平駅側からスタートすると、しばらくはトンネルの道が続きます。
これは、軽井沢に近いほうが山深いため、必然的にそうなったわけですが、明治の時代に着工から約2年で、26ものトンネルを掘って、レンガで固めたという大工事に改めて驚かされます。

トンネルのなかは天然の冷蔵庫で、とても涼しいのが嬉しいことです。
にしてもレンガ積みの仕事はとても丁寧で明治の職人の心意気が伝わります。
そしてその職人魂の象徴、と言ってもいいとおもわれるものが、春にも見た『めがね橋』!
碓氷第3橋梁です。


重機らしいものも作業用機械も無い明治の時代に、これを人力で作り上げた、それをおもうと感動を覚えるのです。
だから何度見ても素晴らしい。
皆さまも是非一度、実物をご覧あそばせ。
圧倒されますから。

また、この橋からは、現代に走っていた鉄橋も望めます。
信越本線が走っていたものです。
あちらも今はもう、電車が行くことはありません。さらに奥の山の中を、新幹線がぴゅーーっと走って行ってます。まさに過去から未来を見る光景です。

ところでこの道、もともとはレールが敷いてあったわけですが、熊ノ平駅側から歩くとその痕跡はまったくありません(最初の駅跡にはありますけれど)。
アスファルトで舗装されていないことだけがそうかな? という程度。
ですが、5号か4号トンネルを出たところでしょうか。
うち捨てられていたレールに出会いました。

なんとなくもの哀しい。

ところが、トンネルをすべて抜け『天然温泉・峠の湯』という施設をやり過ごすと突然!
レールが残されたままの道に変わりました!

同時にコンクリートで舗装された道になりました。
四線軌条? それともカーブでもないのに脱線防止タイプ? 謎です。
(緩やかなカーブとわずかな高低差のある『ブラタモリ』的に見るとたいへんに魅力的な道)

急に現代と明治が混濁した道になったわけですが、このエリアがいちばんキツかったです。
というのも、この近辺はもうトンネルもない、たんなる尾根。
森の中、というわけでもないので、真夏の太陽が容赦なくふりそそぐ、ダウンタウンでお馴染みの
「お日ィさんが、カーーーーーッ!!」
状態なわけです。
暑い。
とにかく暑い。
汗が噴き出てくる、ホントに。
しかも距離がかなり、ある。
これまでトンネルの涼しさに甘やかされてきた身には、地獄の責め苦です。
一気に体力を奪われるのですが、そんなところにまた麓の『鉄道文化むら』⇔『峠の湯』を走るトロッコ列車がやってくるもんだから、さぁたいへん!
炎天下に待機して、カメラにおさめようと愚行をはたらくわけです。


車体に風鈴が付いていて、向うは涼しげ。こちらは灼熱地獄。
くわえて、ここより少し先にはまた貴重な産業遺産ともいうべき建築物が。
アプト式ラックレールを備えた機関車を動かすためだけに建てられた変電所。
こちらもレンガ造り。
おなじ群馬県内で、先年世界遺産に認定された『富岡製糸場』を髣髴させる意匠です。
素敵だなぁ。




さて、ここまで来たらゴールの『鉄道文化むら』はもうすぐです。
熱中症にならないうちにとっとと進みましょう。
あー、いい天気だなあ!(←ヤケ)
全身に滝のような汗をかき、ふうふう喘ぎながら、終点を目指します。
そしてようやく、春に見た懐かしい光景が!
やったー! 
ゴールだあああーー!!
(「起点」て書いてあるけど、我々には「終点」です)
所要時間約3時間。
歩行距離約6km。
この猛暑のさなかに、よくぞまぁ、歩ききりましたよ、我ながら。
正直、もっと涼しいとおもってたので、実行時期の設定ミスであったことは認めざるを得ませんが、熱中症になることもなく、無事に終えることができました。
ああ、よかった。


このあとは、特に解説はしませんが『碓氷峠鉄道文化むら』に来たら、これだけは見ておけ、な部分と、横川から乗ったSLの写真をば。















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