6年目の3.11
今年もこの日がやってきた。

何を言ったらいいのか、何をしたらいいのか、だんだんわからなくなってくるが
「絶対に忘れてません」
と、東北の人たちには伝えたい。

ただ、感じるのは、この未曾有な災害の記憶を、へんなふうに政治的に絡めて言い募るのはなんか違う、ということだ。

たくさんのひとの命日だから「反原発」のデモするな、とか、一国の首相が会見しないことに異を唱えることを「ずっと暗いイメージを押し付けたいマスゴミ」とすり替えたりするのは、なんか違うだろうとおもう。

そしてなにより憤りを覚えるのは、原発事故で避難してきている人々に向けられる“いじめ”と“心ない言葉”だ。
特にそれが東電管内に住む連中によるものだと、いますぐとんで行って蹴り飛ばしたいほどに腹が立つ。
自身はさんざん電気を使っておいて、よくそんな非道な言動をはたらけるものだと、頭から湯気がたちのぼるくらいに。

ひとの考えは千差万別だから仕方ないとはいえ、やっぱり「人として」静かに顧みた場合、他者が傷つくであろうことは控えたいし、改めよう、じゃないのだろうか。
特に震災というのは、本来見なくてもいいもの、たいていの人は見ずにすむもの、体験しなくてもよいことを、否応なしにつきつけられる事例なのだから。
ちょっと想像力をはたらかせば、心ない言動はできないとおもうのだが、それをもたない輩がある一定数居る現実。
反対に、過ぎるほど他者の悲しみに寄り添えるひとたちも居る現実。

後者が多くなる未来を望みたい、6年目の3.11である。


時事刻々刻々 comments(2) trackbacks(0)
Comment








>ハッカ飴さん

そうですね。
この震災に関する記事を書いて、コメントくださったことがきっかけでしたね。
こうして出会えたことに感謝しながらも、あんな震災はないほうがいいに決まってる、とおもっています。
どんな理由があるのかは知りませんが、他者の悲しみと痛みにあまりに無頓着で鈍感なひとが増えたような気がしてならない昨今。
生きづらいよのなかになっていきそうな予感ばかりがして、院隠滅滅たる気持ちになりますが、それでも踏ん張って生きていかねばなりません。
幸いウチのおじぃたちは、他者の悲しみに寄り添ってくれる側に居られるようなので、また始まる春祭りで、イヤなことは忘れて楽しみたいです。
from. 夏葉 | 2017/03/18 15:43 |
こんばんは。
当時の事はあまり思い出さないようにしているのですが、昨年8月末の台風で被災した元上司と話す機会があり、「大変でしたね」と声を掛けたところ、「当時の君の大変さがわかった」と返されお互い涙ぐんでしまいました。
辛い思い出ですが、夏葉さんとの絆を結んでくれて出来事でもあり、自分にとって必要だったのだと思います。
また桜の季節が来ますね。
from. ハッカ飴 | 2017/03/11 20:06 |
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