なぞりのコラボレーション−前篇−「琵琶湖疏水/明治の技術の粋」
さて、記事も改まったところで、この強行軍 "乗り鉄企画" のルートをおさらいしてみます。
スタート地点:京阪電鉄本線東福寺 ⇒ 三条(乗り換え)⇒京都市営地下鉄三条 ⇒ 蹴上(下車/ブラタモなぞりベースの観光)⇒ 蹴上 ⇒(御陵駅に於いて京阪京津線に乗り入れ)⇒ 浜大津(ここから同じルートで東西線烏丸御池まで戻る)
てな感じです。

前回も書きましたが、本当なら[タモリ電車倶楽部]の皆さんと同じ
このルートをなぞりたかったのですが、断念して、上の写真でいうところの下半分のみのプラン(↓)
をわたしが企画・立案したわけです。
とはいえ、このルートだってもけっこうハード。
今思い返してみても、年末のあの寒空の下、わたしなんぞのおもいつきによくまあつきあってくれたことよと、毎年のことながら今更の感謝であります。

ありがとー、友たちよ。

てなわけで。気を取り直して参りましょう。
我らの「なぞり企画」のスタート地点、これは『タモリ倶楽部』と同じ東福寺駅です。

でもってここから乗れたのが、番組と同じ5000系だった、てことを唯一なぞり当日に実況アップしましたんですが、そんなことはどーでもいいですね。


この車両には珍しいシステムがふたつも備わっていて、それのひとつが【跳ね上げ吊り手】こんな感じで、使いたいときだけ下に降りてくるんです(コイルばね仕様)。
使ってない時はこんなん(↓)。
乗り降りの時、輪っかの部分が邪魔になったら申し訳ない、という京阪さんの気の遣いようから生まれた親切設計(なのに今はあんまり採用されてないのだとか)。
我らも喜んで上げ下げしまくり・マ・クリスティ。

そしてもうひとつの画期的システムが収納されてる座席シート! 
京阪の5000系専売特許だそうで、ラッシュ時には天井付近に収納されている座席が、ピークオフ時になると降りてくる、というもの。

これが降りてきたドアは開かなくなります。



ええぃ、説明がまどろっこしいので動画でどーぞ(↓)


我々が乗車したのは多くが年末休みに入った日中の時間帯だったので、シートが降りていたではないですか! もちろん、嬉々として座ったのであります。

ということで乗車して早々はつり革や乗降シートに感激しておりましたが、それが済むと特にやることはなくなります。
なにせ三条までは地下空間。これといった変化はありません。これ幸いとこのあとに控える幾つものミッションに備え、しばしの戦士の休息であります。
といっても駅を3つばかり過ごすだけなんですけどね。

ということでいったん京阪三条で降りて、市営地下鉄東西線に乗り換え。
目指すは「蹴上」駅です。
ここから今回の「なぞりコラボ」企画のお相手(?)『ブラタモリ』のなぞりになりまして、蹴上駅が最寄りの古刹・南禅寺の裏手には明治時代の技術の遺産が、あるのです!
それが序章でも書いたとおり【水路閣】と【インクライン】。

まずは南禅寺の境内の奥へと足を進めると見えてくる赤茶けた建造物!
【水路閣】です。
とても立派でかつ実に美しい。
碓氷峠のめがね橋と同じラインを描いているあたり、いかにも「明治」です。

京都が舞台のサスペンス・ミステリードラマの場面でもお馴染みで、どこかからマリコ(沢口靖子)が現れそう。

この水路は琵琶湖から京都に水を流すためのものですが、お寺の雰囲気に合わせてわざわざレンガで造ったという明治政府のセンスの良さにはおもわず拍手です。
完成を優先させるあまり、日本橋の上に無粋なコンクリート建造物を覆いかぶせてしまった昭和政府とは大違い。
しかもこの水路は21世紀のいまも現役! 上部にのぼっていくとちゃんと水が流れているのです。

このあと我々が向かう琵琶湖から流れ流れて京都のここまで来ている水。
なんだか感慨深いものがあります。

そしてこの水路の脇に沿って、蹴上駅方面へえっちらおっちら歩いて行くと・・・!
今回見たかったもう一つの明治の産業技術遺構が現れます。
【蹴上インクライン】。



物資運搬の際、琵琶湖を経由すれば量も多く運べ、距離も短くてすむということで造られた「船をレールで運んじゃえ!」という施設です。




そういえば『ブラタモリ』で案内の方が、ここは露天の博物館だと仰っていましたっけ。

でもってタモさんが、レールを打ち付けている「釘」に異様に反応していたので(カメ型とイヌ型)
現在はカメ型のものを「犬くぎ」と称しているとのことで、ここの「イヌ型」が本家本元と判明!
わたしも探してみました。
まずはイヌ型(↓)。

こちらカメ型(↓)。

イヌとカメの背中合わせ(↓)。

そしてさらに番組でタモさんが1880年代の刻印があるレールを見つけていたので

わたしも友人たちを巻き込んでレールの刻印大捜索。
しかし見つけられたのはこちら(↓)
残念ながら1920年代。
うーむ、うーむ。これはすでに溜まり溜まった『ブラタモなぞりリベンジ案件』の追加・・・。


というようなことをやっていて、けっこうここで時間をくったのですが、このあとまだ行くべきところがあるのは忘れていません。
さあ、再び地下鉄東西線に乗っていざ、滋賀の浜大津まで行くべし!

後編へ続く。



ブラタモなぞり comments(0) trackbacks(0)
Comment








Trackback
この記事のトラックバックURL: http://hikigiwa.setogiwa-anex.coolblog.jp/trackback/6826
Text:©2004 瀬戸際日記Neo.
<< NEW | TOP | OLD>>