そこのけそこのけ。

うむ。

あるとおもう。

わたしはたぶん、上背があること・面構えが怖いことが相まって、さいわいにもぶつかられることはないんだけど、その面構えに対して

「ブス!」
 と正しく指摘されること
はあって、それは「ぶつかってくる」ことと同義だとおもっている。



が。

そういう「ストレス発散」やら「憂さ晴らし」のような「ぶつかり」ではなく、多勢に無勢的な・赤信号みんなで渡れば的な、選民意識的な心理ゆえの(とわたしが勝手に分析した)「ぶつかり」なら前職場の通勤・帰宅時によく遭遇した。

それは汐留という地区に、ブラック企業の象徴になってしまった某広告代理店や某航空会社、某テレビ局、某通信会社等々―いわゆる “一流大企業” がオフィスを構えるようになってしまってから発生するようになったので、ここでもうピンときた方もおられよう。


そう、つまり都営地下鉄の「新橋」という駅は、それまで勤め人の9割強はJRの駅側に向かって歩くのが主流だったのに、汐留に膨大な人数の勤め人が通うようになったその日から、人の動きの「逆流」が始まったのだ。

(図で示すとこんな感じ↓)

しかも人数の対比は圧倒的に “汐留に向かう側” が上回っているので、勢い地下通路の専有面積も多数派に支配されることになった。

加えて彼らは傍若無人だった。

新橋、という街を構成する中小企業の勤め人をハナから見下しているのか、そもそも目に入っていないのか、はわからないがとにかく地下通路のほとんどを占めて闊歩し、ひとが対面から来ても道を譲ることがない。

へたすりゃぶつかっても謝りもしない。まさしく

「そこのけ、そこのけ、一流企業の社員様のお通りだ」

という感じでぐいぐい押し寄せてくるので、それまでゆったりと通路を歩いていた我々は、必然的に隅のほうに追いやられコソコソと卑屈に足を進めるようになるしか、なくなった。

ほんとうに腹立たしいことであった。


ただわたしは、わたしが勤めていた会社が、別の地下鉄出口(例:A4→B3)を使ったほうが近くなることに気づいたので、その遡上通勤路を使わなくてすむようになったし、そもそももう新橋に行かなくてすんでいるので今はもう平和なこころもちだが、あの通路を使うしかない人々は、今でも朝夕のラッシュ時には憤懣やるかたなく、かと言ってあの怒涛の流れには逆らえず隅っこを歩いているのだろうとおもうと同情の涙を禁じ得ない。


公道は個人のものではないのだから、どんな企業に所属してるとか、男だからとか女だからとかで人に場を譲らなくていい権利は誰にも与えられてないわけだ。

もっと優しく歩こうぜ、ベイベー。

- comments(2) trackbacks(0)
Comment








>juju様

前回のツアーの折に、ということは休日でしょうか?
休日でも平日に負けず劣らず、人の流れはあるようになってしまったんですよね、汐留のおかげで。
あの大河のような流れ、すごい圧力ですよね。
ご無事でなによりでした。
from. 夏葉 | 2018/05/19 17:34 |
学生時代に新橋は、ガード下付近のお好み焼き屋さんが美味しかったくらいしか記憶がありません。
けれど前回のツアーで、友達と待ち合わせのため30年ぶり新橋へ行ったときは、
お昼を食べて、電通本社ビルの2階に一般の人でも入れるカフェがあるからというのでそこでコーヒーを飲んだまではよかったのですが、
そこから一人でJRに戻るのに一人だけ違う世界にいるようで、
通路の端っこを目を伏せながら歩いていました。
新橋、恐るべしでした。

from. juju | 2018/05/15 23:21 |
Trackback
この記事のトラックバックURL: http://hikigiwa.setogiwa-anex.coolblog.jp/trackback/6883
©2004 瀬戸際日記Neo.
<< NEW | TOP | OLD>>