息をするように書く。

元記事(しんざきさんが書いたほう)を読んで抱いた感想をブコメに書いたのだけど
私はどうだったのかなぁ。
文章書くのが好きだと自覚したころには
書くことは当たり前になってたから、その経過は覚えてない。
このとおりなので、母親に小学校低学年時代の私の程度を訊いてみた。
したら
「よく褒められてた。花丸たくさんもらってきてた」
とのこと(おかんも昔過ぎてよく覚えていなかったので漠然としてる)。
私自身の、うっ   すらな記憶でも色気(気取ってかっこよく書いてやろう)が出るまでは褒められてた気がしてたから、どうやら脳内改ざんはされていなかったようでひと安心。
とはいえ、基本的に「作文」に苦心した覚えはないので、私はやはり「書けない子」ではなかったのだろう。「計算(算数)できない子」ではあったけれども。

ではなぜ、私は「書けた子」だったのか。
明確な理由は不明だが、おそらく、私は【とにかく表現したい子】だったのだとおもう。
元記事に沿うなら
「なんで動物園に行ったの?」「どうしてライオンを見たの?」
そう訊かれる前にじぶんから
「昨日ね! 動物園行ったの! そんでライオン見たの!」
誰も訊いてねぇよ、なのに言っちゃう子。くわえて
「あとね、ゾウさんもいたよ! ほんとにお鼻が長いの。そんでね、そんでね虎が大きくてね、キリンはね」
などと、とにかく見たもの感じたことを次々話し続けて、で、話してるうちに絵まで描きだして、挙句描きながらゾウさんのお歌まで歌いだす−そんな子だったのだ(わたしが今、こうしてブログを書いてるのもご納得いただけるのではないだろうか)。

で。
低学年のころはその「聞いて、聞いて!」満載の直情的な文章が大人にはウケたのだろう、たぶん。
でも前述したように、私自身に(ほかの子より立派なものを書いてやりたい)的な欲が出始めたとたん、褒められることも花丸貰うことも格段に減った。
おそらく“私が書きたいもの ”と “大人が書かせたいもの” に齟齬が生じ始めたのだとおもう。
なので「気張ってかっこよく書いた(つもり)」のに、あれこれダメ出しされて不貞腐れ、すっかり「作文」がイヤになってしまうのだ。そういう意味では小学校中〜高学年の間、私は「書けない子」だったかもしれない。

そういう面から考えるとしんざきさんも
「作文が書けない子」には、かなり幅広いグラデーションがありまして
としているように「作文が書けない子」のなかには当時のわたしのように「わたしが書きたいことを書きたいように書きたいのに書いてもわかってもらえないから書きたくない」子も居るんではなかろうか、とおもった。

そういう子には、「表現」の訓練だの「発想」の方法だの教えようとしたって無意味だ。
だってそんなことは(本能的に)「わかってる」から。
そうじゃなくて。
「書きたいことを書きたいように書かせて。そしてわかって」
なのだから、あるのかないのか知らんが【作文授業の学習指導要領】的ものに示された模範解答に近づかせようとせず
「すきに書いてごらん」
としてあげたら案外がーーーーっと書いてくる子も、きっと多くはないだろうけど、居るような気がする。
学校の作文授業は、そんな感じの子を、篩い落としているんじゃなかろうか。




追記:どうやら《ごく自然に文章が書ける》側だった私の幼少期の環境を書いておくと、とにかくやたらと本がある家だった。
センセイのご自宅もそうだったようだが、高見澤家と明確に違うのは私のおとんは教職者ではなく単なるお茶屋だったので、本棚で目立ったのは立派な文学全集(あることはあった)よりもフツーのエンタテインメント小説の類、エッチな四コマ漫画文庫、海外の戯曲、地図本、歴史解説本等、通俗的で大衆感丸出しのもの。
本来子どもが見るのはいかがなものか、な本も隔離されることなく、積まれていた。
半面、マンガ以外の本ならおかんが黙って買ってくれて、松谷先生の全集に至っては率先して買い揃えて与えてくれた、という面もあった。
そんな家だ。
これってやはり関係しているのだろうか。
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Comment








>juju様

おおう、juju様懸賞原作で3位とは素晴らしいではありませんか!
私はそういう賞はもらったことないです。あくまでも花丸です。
でも「作文」はダメ、というのは同じですね。
すきなように書いていいなら書けるけど、ある程度型にはまったものだと書けない・・・学生時代もレポート(論文)が苦手だったなあ。

いつもjuju様に褒めていただけるのがとても嬉しいです。
自身ではアタマとオシリがつながってないよなぁ、というものが多いのですが、シンプルな
「おもしろいですよ」
というお言葉を励みに書いております。
ほんとうにありがとうございます。

from. 夏葉 | 2018/09/16 16:17 |
空想の世界にいることが好きだった私は、
小学生の時に別マの漫画原作募集の1位ハワイ旅行にひかれ応募して3位をもらい、
高校の時は文化祭の演劇の脚本を書いていたのですが、
作文は書けませんでした。今も文章を書くのは大の苦手です。
誰かに伝えたい事、溢れる想いはいっぱいあるのに、
それを文字に表すことができず、いつも私のいいたいことはこんなことじゃあないって、書くのがいやになります。
だから夏葉さんのブログは、
時々私の言いたいことはこういうことなのよと叫びさせます。
そして、「実は探偵が犯人だった」とか、最後に「あの二人は兄弟だった」とかいうところがなくて、いつも心地よく読ませてもらっています。
一つ一つの言葉が吟味されていて、日本語ってきれいだなと思わせてくれて、
私もこういう文章が書けたらなって思います、無理だとわかってますが・・・

from. juju | 2018/09/15 10:28 |
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