マンガが「読める」ということ。
この記事はちょっと「目から鱗」でした。
なんせ、わたしはふつうに「マンガ」を読んできたので、記事に書かれた
コマをどの順番で読むのかといった決まりや、感情などを線や擬態語で伝える
などのマンガ独特の表現があり、読むには「マンガリテラシー」が必要だ。
マンガに接する機会が少ない外国人や知的障害者には
読むのが難しいケースがあるにもかかわらず
吉村教授は「多くの人は自然にリテラシーを身につけているので、
読めない人の存在に気付かない」と説明する。
の部分に、まさにじぶんが「気付かない人」だったとハッとさせられたわけです。
というかむしろマンガ描いてたから
・個性的なコマ割り
・独自の効果線
・独創的な展開方法
これができなくて、なんで「マンガ描きです」と言えようか、と、必死になって精進・研究・習得したポイントだったから、まさかそのことが「読みにくく」していることの大きな要因になっていた、なんて微塵もおもいませんでした。
なんという皮肉でありましょうや。

でも実は、ちょっとだけ「それを取っちゃあ(マンガは)おしめぇだよ?」てな気にもなりましたのです。
だって、記事で例に挙げられている「わかりやすい」コマ割りのマンガは・・・。あれを描いてなんかの賞に投稿しても、絶対に選考に通らない、もの。

でもそれこそが「読めてた側」の「視点の見つめなおし」にあたるのでしょう。
これはなかなか難しいですよ。
また、今後は漫画家さんも、同じストーリーで、これまでの描き方と “慣れてない人” 向けの2タイプの原稿を描かないとならなくなるのかも?
うーむ。うーむ。

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