出雲でブラタモなぞり。その1
ひとくちに《歴女》といっても日本も相当に歴史は長うございますから、みなそれぞれに得意とする『時代』があるものです。
わたしの場合は主に『古代』で、メインは飛鳥・天平・奈良〜平安です。
次いで『中世』の戦国、『近世』の江戸(中期まで)で、逆に苦手は鎌倉と室町。ぶっちゃけ嫌いなのは『近代』で、江戸末期〜明治あたり(特に明治政府を樹立した連中は大嫌いです←要するに薩長嫌い)。
などと、そんな「知らんがな」情報は横に置いておくとして。
“出雲” については、『史学』的にはほとんど無知です。同じ『古代』のくくりに入るはずなのに、まったく勉強していないのです。
でも【古事記】だの【日本書紀】だのの書物の観点からだったら、すごく興味深い土地で、一度は行かねばなるまい、とおもっていたので、今回、倉敷遠征にかこつけて、詣でてまいりました。
もちろんその裏には、というか表には『ブラタモなぞり』があるわけですが!

と。
ここでお知らせです。
なんと、わたしが『ブラタモなぞり』をするうえで利用して、とても助かっていた番組公式サイトでの【ルートマップ】の公開が終わってしまっていた!!Σ( ̄ロ ̄lll) のです。
なので、これまで以上に『なぞり』が不完全になること間違いなし、ということを予めお詫びしておきます(録画を何度も見返して、予習はしていますが)。

という状況で、まいりましょう。


まずは江戸時代の社(やしろ)へのメインストリートへ。
皆様ご存知の、勢溜へ延びるまっすぐな通り、ではなく今では脇道になってしまった「神迎の道」がそれにあたります。
そこのつきあたりにあるのが、一見三叉路に見えて実は四叉路、という辻。
地図で見るとこんな感じ(↓)です。わかりますか?






この4本の道は、それぞれ勢溜・大社・日本海・石見銀山へと続いています。
番組では、江戸期は「出雲大社」ではなく「杵築大社(きずきおおやしろ)」と呼ばれていたと紹介しており、近辺の町名にその証が残っているとも言っていました。
これですね!(↓)

明治期にいまの『出雲大社』に改称されるまでは、ずーーと『杵築大社』だったわけです。
しかも当時はいまほど参拝客も多くなく、どっちかってーと寂れていたと。
それをなんとか全国区にしようと頑張ったのが《出雲御師(いずもおし)》という方々で、言うなれば国内版フランシスコ・ザビエル(らんぼうな喩え)。
彼らが神迎の道から四方八方に散り、全国で布教活動を行ったおかげで、このお社に人々が参拝するようになったそうです。
でもって、その御師さんたちが持って出たのが、『お蕎麦をサービスしますよクーポン券付きお札』。
そしてそのお札の版木(刷り板)が発見されたお蕎麦屋さんが【荒木屋】さん!

いやもう、すんげー行列で、わたしたちも2時間近く、待ちましたとも。
混んでなかったら、その版木を見せてもらえないか伺おうとおもっていたのですが、あの混雑ぶりではとてものこと言い出せません。
仕方なく、お蕎麦を食すのみ。
注文したのは《縁結びセット》です。
運ばれてきたのはこれ。


食べ方は下記のとおり。
正直申せば、わたしには割子二段では物足りなかったので一段、追加しました(^^ゞ
そしてこの日のそば粉は
とのこと。
確かに段ごとに味が違ってました(どっちがどっちかまではわかりませんが)。

そしてお腹がくちくなったあとは、ちょっと足を延ばして・・・・・・。

なぞりその2に続きます。


ブラタモなぞり comments(2) trackbacks(0)
Comment








>juju様

直行便があるなら行きやすいですね。
是非一度行ってみてください。
ただ、わたしの旅記録を参考にすると、途轍もなく偏った観光(?)になりますから、やはりちゃんとしたガイドブックの言うことを聞かれたほうがよいと存じますよ(^^ゞ
from. 夏葉 | 2019/05/10 23:06 |
こんばんは!

なんと仙台からは出雲行きの飛行機の直行便があるのです。
それで出雲にはけっこう回りの友達が行ってて、
いつか私も行きたいなあって思ってました。
その時はこのブログをもう一度見て、
勉強させて下さいね
from. juju | 2019/05/07 00:41 |
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