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北陸遠征ついでに『ブラタモなぞり』 in 金沢−PART1−。
こんにちは。
数はめっさ少ないでしょうが
「あれ? 北村の奴、確か金沢と福井で「ブラタモなぞり」する、て言ってたのに記事があがらないぞ?」
と訝しんでくださっていた方、お待たせしました!
ようやく写真の整理ができたので、毎度おなじみ、記事は長いわ写真は多いわで読むのがたいへんなのは重々承知の介のブラタモなぞりクロニクル、まずは金沢編から参ります。
先述しましたが、今回もまた、長いです。
なので、お時間のある方のみ、おつきあいください。
なお、即席電報のほうに遠征日当日や翌日に写真を何回かアップしましたので、こちらでみる写真に既視感を覚える方もおられるであろうことは予めお詫び申し上げます。

それではよろしく!


てなわけで、まずは2015年4月25日放送の『金沢〜加賀百万石はどう守られた?!〜』のなぞりから。
この回のテーマにも出ていますが、皆様もやはり「金沢」と聞けばパブロフの犬で「百万石」が出てくると存じます(以前、他の藩の石高が気になって調べたら、百万を超えているのは加賀藩だけだったのに驚きました。伊達藩でさえ百万には達していないのです)。
それだけ栄えた加賀藩も、幕府が安定する以前の一時期は、滅ぼされるかもしれないという危機があったというのですから、豊臣の重臣だったことで疑心暗鬼になってた徳川の内心のビビりを感じますね。

そんな回は、なぜか長町武家屋敷跡から始まります。
もちろん、行きましたとも。
風情があって、とてもすてきなところでした!!




紅葉も少し残っていてラッキー。
しかもこの町の道はこんな(↓)凄い道!!

今回は、遠征前に録画保存しておいた金沢の回を見直していたので、予備知識はばっちり。このことも覚えていたので、わくわくしながらこの町を歩きました。
ところで家臣のお侍様は、お城のすぐ近くに住みます。ので、この武家屋敷跡はこのへんになります(↓)※タモさんマークが目印
この地図で、お堀は水色で描かれているので、じゃあ、黒っぽい線の、城の周りを二重にぐるりと囲んでいるのはなんだろう? ということに。
その名残のある場所に、タモさんご一行は足を進めます。
それが武家屋敷跡からすぐのここ(↓)


せせらぎ通り商店街、という通りなんですが、実は単なる商店街ではないのです!
タモさんたちは、一軒のビルの階段をのぼり始めます。

このビル(↓)ですね。
「階段をのぼる」この意味がじつはとても重要で、のぼりきった先がまた道、というのも重要。


(↑)日本銀行金沢支店さんの壁(笑)
つまりここには高低差がある、わけですよ。
てなふうに。


さあ、この高低差はなぜあるのか?
その答えはこう(↓)です。


凄くないですか?!
この堀と土塁が、金沢城をぐるりと取り囲んでいたのですよ!
水色線はお堀。
赤い線は土塁。
しかもアホほど高い土塁。

歴史とお城好きな方はご存知『惣構(そうがまえ)』という守りです。
わたしはもうこの場所をこの目で確認できたことにものすごく興奮してしまって、ずっと
「土塁! 土塁! 土塁!」
と繰り返してしまい、この趣味にいつもつき合わされる羽目になる友にまで伝染(うつ)してしまったです(毎度ごめんよ、友よ)。
でも例えばこの(↓)なにげない坂の高低差。
これが400年近く前につくられた、この土地を守るためのものの痕跡、だとおもうと、めちゃめちゃテンションがあがるんですよ!
あと、この商店街のビルたちも、こうして(↓)建てられた、となると。
ビルでさえ愛しく感じてしまうではありませんか。
このあたり、ほどんどビョーキです。すみません。
けども皆様も、これ見たら少しはわたしのコーフンもご理解いただけるとおもうのです、見て!
この場所のグーグルマップですけど、赤い曲線で囲んだ部分。
わかります? 土塁の幅はそのまま残ってるんです!
古地図でなく、21世紀の地図に江戸時代の軌跡!
どうです、興奮しませんかっ?!?!


しかしながら、こんなにがっしり堅固にお城を守っていたら、いったいどうやって城内に入るの? という疑問も湧いてきます。
その答えはここに!
 





金沢市内屈指の繁華街だという香林坊。
金沢公演の日、この近辺で打ち上げした方! ここにこういうものがあることを、ご存知でしたか?
また次の金沢公演に参加される時、ここに立ち寄るのも一興かと存じますので、ぜひどうぞ。


ところで『ブラタモリ』で城下町がロケ地だと、必ずと言っていいほど出てくるのが「用水路」です。
そして金沢の回も例外ではありませんでした。
城下の防災・防衛のため、犀川の上流からかなり大掛かりな工事で用水路を建設した「辰巳用水」が、いまも街中そしてあの「兼六園」内に残っているというのです。

タモさん一行は、その用水路を見るためにやって来たのですが、なぜかまずは金沢城前に。


ここで、兼六園からお城に水をどうやって引っ張ったか、案内役の方から説明をうけてから、兼六園内に行ったのです。

けど実は。
この日は、我々は兼六園には立ち寄っておりません。
なんせ行きたいところが山のようにあったので、わたしも友も何度か訪れた兼六園は
「今回はいいよね」
ということでスルーしました。
でもだいじょうぶ。
この回の放送直後、前勤務先の社員旅行がなんと金沢だったので! その時に(しめしめ)と撮影した写真があるのです!(季節感が真逆です、ご注意)





この時はこの用水路に興奮したのはわたしひとりではなくて、やはり『ブラタモリ』好きな男性社員数名と
「辰巳用水だ!」
ガイドさんの説明そっちのけで盛り上がってしまい、社の代表(2代目お坊ちゃま)にイヤな顔をされたのを覚えております。

番組ではこのあと、その用水を上流までさかのぼり、手彫りのトンネル水路など見ておりましたが、そこに行く時間と車がない我々はここでなぞりを終了し、次のなぞり(放送回も違う「金沢」)へ向かったのです。

ということで4月25日放送の「金沢」の回のなぞりはここまで。
次は翌週5月2日放送「金沢の美」のなぞりをお送りします。
お楽しみに!



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