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誰のなかにも。

録画しておいたこれをようやく見ました。
わかってはいましたが、深く、重いストーリーでした。

松山さんが書き足した一文
「誰が祖国ふたつにをわけてしまったの」
このようなことを今、21世紀・令和の時代になって、折に触れて感じるのは、わたしだけではない、とおもうのですが、どうでしょう。
「祖国」という大きなくくり、でなく、もっと身近で。
誰しもが「イムジン河」という渡れない境を挟んで、対岸の者を排除しようとしている。
思想の左右、支持政党、特定国家とその国民に対する好き嫌い−だけでなく、男と女、富める層とそうでない層、我々界隈ならライブのネタバレ、特効テープに対する姿勢でも見られます。

それぞれの分断・いがみ合いは「誰が」起こしているのか。
「誰の」声が主導しているのか。
――果たしてその扇動に身を任せていいのか。
ほんとうにその訴えは心からのものなのか、自身の野望のための利用ではないのか、巧みに操られた動きではないのか――
冷静になって考える必要があるな、と感じました。






その他のエンタメ comments(2) -
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>T'sTさん

おお、やはり。
その北山先生のお言葉を得て、曲の解釈に誤りはなかったとホッとしています。
「どこにでも誰の間にも流れている河」
わたしにもあります。
どうしても理解できない人たち。
彼らの居る対岸は、まったく見えません。
でも渡りたくない。

しようがないですね。
from. 夏葉 | 2020/03/06 23:55 |
夏葉さんがかかれたことは、この曲が当時の音源のまま30数年の時を経て発売されたときや、再結成記念解散音楽会の時に北山先生がおっしゃってたましたね。
「どこにでも 誰の間にでも 流れている河なのだ」と。
from. T's T | 2020/03/02 12:52 |
Text:©2004 瀬戸際日記Neo.
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