Nacht von wien.
さてここで、いま一度ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団についておさらい。
(出典:ウィキ)
ウィーン国立歌劇場のオーケストラであるウィーン国立歌劇場管弦楽団(6管編成・150名ほど)の団員のうち、入団を認められた者が自主運営団体たるウィーン・フィルハーモニー管弦楽団(5管編成・120名ほど)を構成する。大型の編成を求められる曲(マーラーなど)では、国立歌劇場の団員もエキストラとして出演する場合もある。英語表記のVienna Philharmonic Orchestraの頭文字を取ってVPOと表記されることもある。正式な略称はドイツ語表記よりWPhであるが、もっと簡単にWPともする。

このオーケストラの発祥は1842年3月28日、ケルントナートーア劇場(ウィーン宮廷歌劇場、後のウィーン国立歌劇場)の楽長で作曲家でもあったオットー・ニコライが、レドゥーテンザールにて歌劇場付属の管弦楽団を指揮した「フィルハーモニー・アカデミー」というコンサートとされる(曲目はベートーヴェンの交響曲第7番など)。このウィーン宮廷歌劇場のオーケストラが、モーツァルトやベートーヴェンらウィーン古典派の交響曲などを演奏するために演奏会を開くという試みはすでに何度か行われているが、いずれも運営上の問題で長くは続かなかった。しかし、この「フィルハーモニー・アカデミー」と呼ばれるコンサート(当時はアカデミーと呼ばれていた)が11回連続して行われ、同時に「全ての面において自主的に運営される」、「全ての決定が楽員の総会によって行われる」などの原則が確立されたことが、ウィーン・フィルハーモニーの誕生といえる。

続きはウィキのページへ。

わたし、まだ数回しかクラシックのコンサート行ってないし、CDもそんなに聴きこんでいるわけじゃない、そんな程度だけど、でも、はっきりわかった、音が今までの楽団とぜんぜん違うのが!
特にメインプログラムの『新世界より』は、西本さん指揮のブダ・フィルのCDで聴きなれたのと別次元のものだった。
まさに
「なにこれ、すごい」

とにかく音の澄みかたが尋常でない。
なんであんなに澄みきった音が出るの、というくらい。
しかもどの楽器も。
それだけ凄いなかで、各楽器のソロパートを取る方々にはもう、こういう称号を捧げようという気分 ⇒ ネ申!!
いや、ほんとに。
それから凄いのが表現力の完璧さ。
いわゆる演奏記号の見本! というほど強弱やスピードがはっきり出ていて、だから非常に豊かな世界を感じることができた(『新世界より』第二楽章のppの部分なんてゾクゾクしたぞ)。
あまりに素晴らしくて、気がつくと息、止めて聴いてたりした。
そのくらい引き込まれる演奏だった。

ああもう、ほんと、行ってよかった!
自身の経済状況を鑑みれば、愚行極まりないんだけど、こういう散財なら、しても一片の悔い無し、というやつよ!
というか、これ行ったら毎年行きたくなってしまって、ついにはニューイヤーコンサートへの野望が……(ネットで抽選に応募できるのだ)。いや、いかんいかん。それこそ身の程を知れ、というやつだぞ。



*アンコール*
フォルケ・ラーベ
:バチスタ
(トロンボーンソロ)

ブラームス(ドヴォルザーク編)
:ハンガリー舞曲第20番ホ短調 ポコ・アレグロ



この指揮者さん、面白いひとでした。
西本さんもかなり身振りの派手な指揮者ですが、今回のこのヒトもかーなーりオーバーアクション。
なんせ第一バイオリンの演奏者の顔のまん前までタクトを突き出したり、挙句その指揮棒を持たず、手だけで指揮するんだが、へんなハンドアクションの連発だったりで、もしもわたしがあの中にいたら
「ウゼー」
とおもうなぁ、などと見ていて笑ってしまったことです。

え? なぜそんなに指揮者のやってることがわかるのか? とお訊ねですか?
それはですね、わたしの席が

だったからです。
このPブロックに座るのは二度目でしたが、やっぱちょっとくすぐったいですわね。

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憧れの音楽の都。
評価:
ドヴォルザーク,カラヤン(ヘルベルト・フォン),ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
ユニバーサル ミュージック クラシック
¥ 2,464
(2009-08-19)

子どもの頃、新年になるとウィーン・フィルの『ニューイヤー・コンサート』を見るのがすきだった。
あの綺羅綺羅しい空間が、お伽噺の舞踏会みたいにおもえたし、必ずと言っていいほど演奏されるJ・シュトラウスの『美しき蒼きドナウ』のワルツの調べが心地よかったからだとおもう。
そしていつしか
「このコンサートに行ってみたい」
そうおもうようになり、社会人になりたての頃は、先輩に
「100万貯めて、ウィーンフィルのニューイヤー・コンサートに行くのが目標なんです」
とかなんとか言っちゃったりしたもんだ。

しかしこの歳になっても、結局一度もニューイヤー・コンサートどころか、ヨーロッパへも行けてない。
これまでライブ(遠征含む)につぎ込んだ金額を全部足したら、オーストリア旅行くらいできる、という虚しい計算をしなくてはならないのが原因なのは、火を見るより明らかだからだ。
わははのは。

で。
とっくにニューイヤー・コンサートのことは諦めていたのであるが、でもウィーンフィルの演奏は、生きてるうちにナマで聴きたいぞ、という願いは諦めてなかった。
来日した際は、絶対、聴きに行くんだ! と密かに決意を固めていたのであるが、来たのだ、その機会が!

この秋の来日公演である。

そのチケットのプレリザーブ案内が「○あ」から来たので、ダメもとで申し込んでみた。
サントリーホールで3日間の公演。その、どの日でもいいから! というエントリで。
したらあーた!

取れたのだ、チケットが!!

しかも、できればこの日がいいなぁ、という、事実上の第一希望日が!
ひゃー、嬉しいよー!!
きっと取れないとおもってたから、余計に嬉しい。
本音を言えば、これまでのクラシックコンサートのチケット代とは基本ラインが違う価格設定で、しかも、おもいきって、いつもよりワンランク上の席で申し込んでしまったので、あほうのように高額なチケット(ウチのおじさんたちのライブに3回は行ける)なのであるが、それでもいい、とおもえるのが、ウィーン・フィルマジック。
きっとそんだけ散財する価値があるはずなのだ。

いやぁ、もう、数ヶ月も先の話なのだが、今から楽しみで、楽しみで。
唯一気がかりなのは、ウチのおじさんたちの関東公演(国際フォーラムあたり)とカブりそうな日程、ということだけ。
でもそうなったら、許せ友よ。
わたしはウィーン・フィルへ行くぞよ。
なにせわたしの宿願なのだ。

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セロ弾きの赤鬼。


於:東京オペラシティコンサートホール

*チャイコフスキー
ワルツ〜バレエ組曲『白鳥の湖』作品20

*ラフマニノフ
ピアノ協奏曲第2番 ハ短調 作品18

*ブラームス
交響曲第4番 ホ短調 作品98

*アンコール
ブラームス『ハンガリー舞曲第1番』



わたし、ラフマニノフのこのコンツェルト2番がだいすきなのであります。
なので今回はワクワクしながら会場に行ったとです(会場は『題名のない音楽会』でお馴染みのところです)。

ああー、すんばらしかっただーー!
鳥肌が立っただー!
ちょっとウルっときただよーーー!!
堪能しましただよーー。
ほんとに素敵だったー(うっとり)。

今回のお席は3階の左。
こないだの『第九』のときよりももっと真横で、第一バイオリンとかのゾーンは完全に見えません。
でもいんです。
西本さんのお顔がすげー近かったから(!)
なんせ左側の利点として、コンマスのほうをしょっちゅう見てくれる、てのがありますので、何度も
「おお!」
と、息を呑むような厳しい眼差しを見ることができ、そちらのほうでも感動しました。
それから西本さんの楽譜(スコア)が、上から見えるんです。
なんどもめくるから左端下がゴワゴワになっているところもしっかり見えましたよ。
でも意外と書き込みはしてないものなんですね。もっといろいろ書いてあるのかとおもってましたが、たぶん頭の中に入っているんでしょう。うむ。
一度でいいから手にとって西本さんが使った楽譜、見てみたいナー。

ところで本日、西本さん以外にわたくしの目を引きつけてやまなかった方がいらっしゃいました。
ええ、ラトビア国立交響楽団のなかに。

それはチェロの弾き手さんで、まあ、入場してきた瞬間から目立つ目立つ(ある意味出オチ)。
だって真っ赤! なのですもの。
本番前に一杯ひっかけたの?! と言いたくなるような紅顔で、しかも頭髪はやや寂しい感じなので、アタマのてっぺんちかくまで赤いわけです。
そのときわたしの脳裏には
『インドの虎狩り』
という言葉がふっと浮かびました。
チェロ(セロ)だけに。
そんなわけで、西本さんから目を動かすとそのチェロ弾きさんが視界の中心にどとーん、といらっしゃることに。
江戸時代、白人を初めて見た日本人が『赤鬼』と喩えたきもちが、たいへんよく理解できまして、その方が時々客席をちらちら見るのがなんとも可笑しかったです。
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Ode an die Freude.-Sympony No.9, D-minor,op.125-


この映画を観たときから、一度は生演奏で聴きたいものだ、と思い続け、ようやくそれが実現しました。
しかも西本さんの指揮で、自身の誕生日、という出来杉君な状況で。


席は4階といえど左(L)のボックス(?)なので、今まで背中ばかりだった西本さんのナナメ後ろ30度くらいの横顔を拝しながらの鑑賞。
おかげで初めて西本さんの左手(タクトを持ってないほう)のアクションを観ることができて面白かったー。
ティンパニにむかって
「ハイ、ここ!」
「ハイ、Go!」
「はい、ごくろーさん」
みたいな手の動きや、弦楽器ゾーンの皆さんに対して
「抑えて、抑えて……。次行きますよー、ハイッ!」
や、後方の管楽器のみなさんに
「カモン!」
みたいなアクション。
うーん、やはり“見応え”のある指揮者さんだなあ。
あ、そういえば第二楽章の途中、その管楽器ゾーンにむけてOKサインを出したように見えたけど、あれはなんだろう? 練習のときあまりうまく行かなかったところが、本番でバッチリ! だったのかニャー?

さて、聴きどころは言うまでも無く、第四楽章ですよ、ええ。
やはりあの大合唱は圧巻でありました。
にんげんの声って凄いねー。
聴けてよかったです。


2009.12/21 於:東京文化会館大ホール

 ブラームス:大学祝典序曲 作品80
 ベートーベン:交響曲第9番 ニ短調 作品125 「合唱付」
 *アンコールなし


ということで『歓喜に寄す』の詩はコチラ。


以下、どーしても我慢できない文句タラタラ。


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7.


ポスターには『マーラーの5番』とありますが、本日のプログラムはモーツァルト&ベートーベンという、モストポピュラリティークラシック、です。
まだまだクラシックコンサート初心者のわたしには、マーラーの5番は早いです(カクジツに寝る。第4楽章のアダージェットだけは聴きたいけども)ので、こういったプログラムがよいですよ。
それにロイヤルフィル(アル中さんにはお馴染み)だし。サントリーホールだし。
どんだけイイ音だろう! と期待に胸膨らませて(Bカップ⇒Cカップ)席に着きましたです。


いやー、よかったー! 素晴らしー!
とんでもなく、イイ音で、期待した以上だっただーーー!
この喩えはよくないかもしらんのですが、ほんとCDのまんま、な音でした。
あ、そう言えば今日の公演はCD録音しています、という断り書きがあったなあ。
と言うように、レコーディングに耐え得る音響設備に一流の楽団の音を満喫でした。
そして今日も西本さんの指揮は全力坂(ん?)。
ひと振りひと振りに意思が込められていて、じっと見ていると言葉が聴こえてきそうな感じです。
ラストに向かって盛り上がっていく楽譜にあわせて
「さぁ、行くよ、行くよ!」
てなふうな振りに、こちらもついつい身を乗り出しそうになってしまったりするくらい。
カッコよかったなぁ。
残念なのはアンコールは何かな? と期待してたんだけど、無かったこと。
でも仕方ないか。
ピアノソロのほうでアンコールやっちゃったからなー。

はあ……素敵なコンサートだったわぁ。

っつーことでわたし調子にのって、こんだ自身の誕生日に『第九』聴きに行きまーす。
もちろん、西本さんの指揮でつよーーん。


*9/22 於:東京サントリーホール 演奏曲目*
◇モーツァルト
・歌劇『後宮からの逃走』序曲
・ピアノ協奏曲第20番 ニ長調 k466

◇アンコール
・ショパン:ノクターン第8番op.27-2

◇ベートーベン
・交響曲第7番 イ長調
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菩薩より如来。
ウチのセンセイがイメージキャラクターになってる上野の杜の『国宝・阿修羅展』の来場者が30万人を突破したそうで、おめでとうさんです。
わたしは去年秋の奈良旅行で先に拝顔したので上野には参りませんが、イメージキャラの人のファンとしては、やっぱり嬉しいニュースではありまするな。

つーか、みんながそんなに阿修羅好きだとはおもってもいなかったです。
だってわたしがすきなのはやっぱり如来像なのでありますから。

薬師寺の薬師如来と東大寺の毘盧遮那仏。
この二体がわたしのなかの絶対仏像です(あとは動機不純で毘沙門天)。
わたしが奈良を訪れたら必ず東大寺に参るのも、大仏様のお顔を拝見するため、なのです。

菩薩像より如来像がいいのは、やっぱり“悟った方”だから、だとおもうのです。
だからあんなに穏やかな表情(かお)をしておられるのだと。
わたしなんぞのように俗世の煩悩にまみれまくっている者は、あのお顔を仰ぐとき、一瞬ですが、己の穢れがそぎ落とされたように感じるのです。

しかし。
ウチのセンセイが、仏像の前で一時間も佇むほどの仏像好きだったとはおもわなんだ@朝日新聞。

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孤高のマエストロ。


なんかいいクラシックのCDはありませんか?
と訊いたら
「CD探すより、まずは生を聴いたらいいですよ」
というアドバイスを貰ったので、ちょうどいいタイミングでチケットを売っていたこのコンサートに行ってきました。

すんげーカッコえがった、西本さんが!(そこかいな!)

指揮者つかまえて
「カッコいい」
ってのもヘンですが、事実、カッコイイんだから、仕方ない。

わたしはこれまでクラシックのコンサートは片手くらいしか行ってませんが、指揮者の“踏み込む足音”が聴こえたのは、今回が初めてです。
そのくらい、全身を使って指揮している西本さん。成る程、パフォーマンスの人、と言われるはずです。
美しくて力強い指揮に、うっとりしてしまいまスた。
『金スマ』で登場したときもかっこいいなあ、とおもったけど、ホンモノ見たら、もう完全にファンですわ。
また西本さん指揮の公演には行きたいっすよ!
今度はじぶんの好きな楽曲を指揮してる西本さんを、是非!

2/1 於:文京シビックホール 演奏曲目
◆C・M・v・ウェーバー
 オペラ「オベロン」序曲 J.306
◆J・ブラームス
 交響曲#4 ホ短調作品98
◆M・C・F・ブルッフ
 ヴァイオリン協奏曲#1 ト短調作品26
〜アンコール〜
◆J・ブラームス
 ハンガリー舞曲#5


*関連公式サイト
ロイヤルチェンバーオーケストラ
西本智実

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何がいいかな?
ドヴォルザーク:交響曲第9番
ドヴォルザーク:交響曲第9番
西本智実,ドヴォルザーク,プッチーニ,ブダペスト・フィルハーモニー管弦楽団


せっかくいい音のコンポを買ったので、クラシックもこれで聴きたいなぁ、とおもって、いろいろ物色してるんですが、むずかしいことこのうえありません!
だって指揮者や楽団が違うだけで、まったく違う感じに聴こえるわけでしょ?
何を基準に選んだらいいか、ぜんぜんわかんないわけですよ。
どこの楽団がいいのか、とかもほとんど知らないし(有名どころなら、どこもうまいんじゃね? ←この程度)。

そんななか、西本さんが指揮してるものを何か聴きたいなぁ、とも、おもったので、何回か西本さん指揮の公演を聴きに行っている妹に
「なにがいいのかね?」
と訪ねたら
「あのひとはどっちかっていうとパフォーマンスを見る指揮者だからねぇ。CDよりDVDのほうが多いよ」
てな答えで、実際にネットで探してみたら、ホントにそうだった。
あがーん。
あと
「なぜか『悲愴』が多いんだよねー。ロシアの楽団の指揮者だから、仕方ないんだけど」
てのもホントだった。
売ってるCDは大半が『悲愴』、または『くるみ割り人形』で他はあんま無かった。
チャイコフスキーならピアノコンツェルトのほうがいんだけどなー。

とゆことで。
クラシックファンの方にのご意見を伺いたいです。
なにかお薦めのCDはありませんでしょうか。
やはりこういうのは、実際に聴いている方のご意見がたいへん参考になりますのですよ。
なので是非!

あ、わたくし作曲家に好き嫌いは特にありません。
指揮者は、小澤氏は苦手ですが、師匠のカラヤンは平気です。バーンスタインはすきです。
楽器は単体よりもオーケストラ、がいいです。

てな感じです。
もしお薦めがあったら、簡単な理由とかも教えて頂けると嬉しいかも。
どうかよろしくお願いします。

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廻る、廻るよ、言葉も廻る。
友人に現役の高校教師(国語担当)が居る、ということは折に触れて書いてきましたが、その友人が面白いことを言い出しました。

こんな古語、見るのもイヤ! と言う古典アレルギーの方も、まぁ、お聞きなさい。
『枕草子(以後『枕』)』の段のひとつに【かたはらいたきもの】っつーのがあります。

「かたはらいたきもの」
よくも音弾(ねひ)きとどめぬ琴を、よくも調べで心の限り弾きたてる
客人(まろうど)などにあいてものいうに、奥の方にうちとけごとなどいうを、えは制せで聞く心地。
思う人のいたく酔いておなじことしたる。
(冒頭抜粋)
岩波文庫『枕草子』 池田亀鑑校訂版より

*瀬戸際的現代語訳
・ろくすっぽチューニングもしてないギターを、本人だけが満足そうにジャカジャカかき鳴らしてるのってどーよ?
・客が来てるっつーのに奥のほうじゃあ、台所事情まるわかりなことを大声でがなりたてて、それを止めらんないで聞いてるほうの身にもなれっつーの!
・ちょっといいナー、と憧れてる相手が、酔っ払っておんなじことばっか言ったり、したりしてる情けない姿は見たくねーなぁ。

というようなエピソードがあと幾つか挙げられている段ですわ。

で。
その段のタイトルであるところの『かたはらいたき』は、【端で見ていてあっちゃあ、な状態】と訳されるのが定説です。

“端で見ていて「あっちゃあ……」”

これって、今、みんなが多用している
「アレって、痛(イタ)くね?」
なんですよね。

“痛い”という言葉は、ちょっと前までは肉体に実際に生じる痛みか、心が傷つけられたり、悲しみが襲ってきたときに使われていましたが、1000年前には
「あっちゃあ……」
な意味でも使用されていたわけで、それが21世紀になって復活してきたとおもうんです! ということを友人は言い、わたしはたいへんに納得&共感し、ふたりで興奮した次第なのです。

言葉の意味と使い方が、時を経て、甦ってくる。
これはなんと面白い現象なのでしょうか。
しかも10年単位ではなく、1000年女王単位ですよ!
日本語の歴史、をあらためて実感致しました。


(上でやった【瀬戸際的現代語訳『枕』】を、ちょっとやってみたくなってきた。橋本さんの【桃尻語訳】みたいに)
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ニホン、いろいろ発見!
次々と発見ニュースが出ますなー。

寺院がカネとチカラを持ってた(過去形か?)時代のものだね。

これ、今年の正倉院展に出してくれないものだろうか。
行くつもりですから!
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