“いいとこ取りしたい”自由。
元ネタ:『太田光や伊集院光にはわからない、つまりオッサンには見えない、女の子の革命』@Love Piece Club

連休中
「暇つぶしに」
と上京してくる友人に
「『アナ雪』観に行かない〜?」
そう言われてゾッとしたわたしが書くのもなんなのだが、なんかちょっと
「はぁ?」(春子さんふう)
とくる文言があったので。

けどその前に、わたしはこのヒット作は観てないし、なおかつ主題歌をみんなで集まって歌ったというイベントに関しては、正直
「どひゃー」
てな感じに“引いた”ほうです、と言っておく。

んでもって今回、元記事のどこに
「はぁ?」
になったかと申すと
だって、4歳児でも気がついている。
私たちは、不自由である、と。
4歳児でもわかってる。
私たちは、自由になるべきだ、と。

この部分である。

なに言っちゃってんの? であるのだ。
4歳児云々ではない。
“私たち”だ。
“私たち”って。
ねぇ、誰のこと言ってんの?
もしかして女性全般? 明治・大正・昭和(戦前・戦後)も含めた?
だったらまぁ、わからんでもない。
でも違うよね?
よくてアラフォー、けどほんとのとこアラサーまでの「女子」だよね?
その“私たち”は自由になるべき?

いやいやいやいや、冗談はよしこさん(古ッ!)。

あなたたちは、もうすでにじゅうぶん自由だとおもいますが?
なのにまだ足りないと仰せで?

いやはや、どんだけ貪欲なんだか。

あのね、自由になりたきゃいつでもなれるのだよ。
それが犯罪行為や迷惑行為でなければ、すきなだけ自由にふるまえばいい。
おもうさま
「ありのままの姿を見せて ありのままの自分になればいい」
できるよ、できるんだよ。

けど、しないよね。

理由は多々あれど、そうすると不利益を被ることが解っているから。
リスクが大きいから。
だから自由を選ばない。
確実なほうを選択する。
それでいて
「自由が無い」
などと文句を言う。

なんじゃそりゃ、である。
(てか、そう言えちゃう時点でもうとことん「自由」なのだがな。それには気づいてないようだ)

「私たちは不自由である」
という“そっちの道”を選んだのは他ならぬ自分自身のはずなのに。
抗えないことすら何かの所為にして、みすがら自由であることを放棄しておきながら。
そりゃ太田に
「ブス」
って言われるよ。
容姿じゃなくて、その『義務を負ったり責任は取りたくないけど、好き勝手にしたい』という極めて自己チューな思考がブスだから。
そんな奴らが女の友情語るな。
気高さとか言うな。
おまえらなんか、王子様にキスされりゃ、友人を放り出してお城について行くに決まってる。



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許されざる者。
それにはこのよのすべてがある。
喜怒哀楽も、粋も無粋も、上品も下衆も、善も悪も、虚も実も、夢も希望も現実も、愛も憎しみも、なにもかもが、そこにはある。
言うなればそれは人間そのものであり、だからこそそれを生み出せるのも人間だけなのだ。
そんな素晴らしい

『本』

というもの。

それを、何が気に入らないのか知らぬが破損させるとは。

本を蹂躙することは、「人」を蹂躙することに等しい。
このよを否定することに等しい。
つまり自身を否定することになる。

そんなこともわからないとは。

愚かな。
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『誰か』!
評価:
宮部 みゆき
PHP研究所
¥ 1,785
(2013-02-27)

新春に渋谷の公共放送局がドラマ化してくれる、というので録画して楽しみに見ました。
見まして、ちょっと不満だったので原作本を引っ張り出してきて読み直しました。

うーん、やっぱりさ、これだけの長編を2時間弱のドラマにするのは、基本、無理なんであるよ。

そのために大事な大事な逸話や登場人物をカットしたり切り捨てたりせねばならない。
そうすると実は物語の根幹が揺るいだりしてくる。
ゆえに見て感じる“もの足りなさ”。
誰かこの悪循環をなんとかしてくれ。

つかもう、宮部作品は、映像化する際に宮部さんの監修を必須条件にしたほうがいいよ。
でなきゃ宮部さんの作品のその価値というか地位というか・・・・・・そういうのがどんどん落ちていってしまう!
わたしは個人的にはへんなしがらみ(スポンサー様とか)なんかには囚われず、制作費もかなり好きに使えるんではないの? と勝手におもってる公共放送局ならソレ相応の作品を作れる、と期待していたのにこれかよ! と、たいへんにがっかりした。
まあ『模倣犯』ほど酷くはなかったのは救いだが。

たとえば『理由』の映像化はなかなかよかった。
ちょっとべっくらこく新しい設定が入ってたりしたけど、概ね原作の精神が理解されていたので違和感はなかった。
だからやろうとおもえばできるはず、なのだ。
なのになぜか。
宮部作品を映像化しようとする人々は、余計なことをえてしてしたがる。
勝手な解釈をして作品の訴えと正反対の設定にしてみたり、主要キャラクターの性別を入れ替えてしまったり、ラストを大幅に変えてしまったりと、原作者より愛読者のほうこそ怒り心頭! なことをへーきでやりやがる。
ほんと、それ、もーぅやめて(横山弁護士)。

今後、新たに宮部作品を映像化しようとするそこの“誰か”!
頼むから、原作の大事な部分を削ぎ落としたりしないで。
勝手に解釈しないで。
特に男性スタッフ。
宮部さんの書いてる文章、「ちゃんと」読んで。「ちゃんと」理解して。
それができないなら、安易に映像化しよう、なんておもうな。
宮部ファンを、舐めるんじゃねぇよ。


と。
新年一発目がこんな記事になってしまった当方ですが、今年もよろしくお願いします。





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あるある。




あたしゃ社会人1年のとき、購読新聞を朝日だと言ったら、先輩社員(もちろん♂)に
「朝日なんて読んで生意気だ」
と言われたなあ。
別の先輩(♂)に『島耕作』(まだ課長のとき)読んでると言った時も
「女の子が読むものじゃない」
て言われたなあ。
まあ『島』さんはなんとなくわかるけど、朝日は関係ねーだろがよ、とおもったけど奥ゆかしかった(爆)ので反論しませんでした。
しときゃよかった。

結局どんなに時代が変化しても、価値観が多様化しても、女性がモノ言えるようになっても、こういうトンチキなことをほざくオトコは絶滅しないのだろう。
いつまで経っても“飲食代は男が奢るもの”と主張するオンナが生息し続けるのと一緒で。
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天賦でない権利。
全国平均の投票率では、女性のほうが低い、今回の参院選。
いろんな事情があるのかもしらんがね、でも、どうなの、それって。




そのとおりやで。
その参政権の持ってる歴史を、もういちどよーく考えや、投票行ってへんあんたら。
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そっくりそのままお返ししましょう。
元記事:『「子どものこと、ちゃんと考えたほうがいいよ」という暴力』@キリンが逆立ちしたピアス

このエントリ読んで、なににべっくらこいたかと申せば、font-daさんが31歳になった、ということ。
初めてこちらのブログにTB送ったときは、まだ彼女は26歳くらいだったのに、そりゃこっちも老けるわけだよ、と、妙にしみじみしてしまったわけだが、本エントリはそんなことで感慨にふけってる場合ではない事態になってしまっているのであった。
わたしから見たら、これまでずっと我慢してきたけど、その我慢をいいことにいつまでもうるさいことを何度も言いやがってこんちくしょう、エエ加減にさらせやボケ! (いや、ここまで口は悪くないけど)と、ちょっと怒ってみただけ、な話なのだが。
なんかもう、コメント欄に書き込まれた“あちら側”の人々の意見のわからずやっぷりに呆れるやら、笑っちゃうやら、であった。

とはいえ、ここでわたしみたいなもんが「子どものことをちゃんと考える」ことについて語っても説得力ないし、それ以前にちゃんと語れるほどの意思も文章力もないのでやめておく。
そのかわり、と言っちゃあなんだが
「子どものことちゃんと」
みたいに、悪気の有無にかかわらず、他人の人生観、生き方というデリケートな部分にズカズカ踏み込めちゃうような奴に、それがどんだけウザくて有難迷惑で大きなお世話なことかを、最終手段であるところの必殺技『そのまま返し(font-daさんもコメント欄で用いている技)』、で解らせたいとおもう次第。

つーことで、子育て信者の皆さん

「子どものこと、ちゃんと考えたほうがいいよ」

・え、小学校からお受験させるの? えー、かわいそうじゃん。
 本人が望んでるの? 遊びたい盛りなのに。子どものこと、ちゃんと考えたほうがいいよ。
・え、公立の学校に行かせるの? 最近の公立はいろいろひどいって言うじゃん。
 子どものこと、ちゃんと考えたほうがいいよ。
・え、働きに出るの? 鍵っ子はかわいそうだよ。子どものこと、ちゃんと考えたほうがいいよ。
・専業主婦だと子どもにかかりっきりで過保護になりやすいよね。
 自立が遅くなりそうじゃない? 子どものこと、ちゃんと考えたほうがいいよ。 
・ひとりっ子なの? きょうだい居なくて寂しがらない? 
 子どものこと、ちゃんと考えたほうがいいよ。
・習い事なにもさせないの? いまのよのなか、何か秀でてないとあとあと苦労するよ。
 子どものとこ、ちゃんと考えたほうがいいよ。
・もう塾に行かせるの? もうすこしあとでもいいんじゃない? そんなに勉強勉強って言わなくても。
 子どものこと、ちゃんと考えたほうがいいよ。
・小学生なのに一ヶ月のお小遣いが1万円? あげすぎじゃない? まともな金銭感覚が身につかないよ。
 子どものこと、ちゃんと考えたほうがいいよ。
・高校生なのに門限が夕方5時って、無理でしょ。そんなに厳しくしてらた反動でグレるかもよ。
 子どものこと、ちゃんと考えたほうがいいよ。
・旦那さんが単身赴任? それ、よくないよ、お子さんまだ中学生で難しい時期なんだし
 子どものこと、ちゃんと考えたほうがいいよ。家族はやっぱり一緒に暮らさないと。


……書いてて、げんなりしてきた(言っとくけど、上記の事柄はわたしの意見ではないよ)。
けど、どうよ。
あんたらの言ってることって、つまりはこういうことだよ?
読んでる途中で
「うるせぇよ!」
ておもったべ?
「オマエが言うな!」
とツッコんだでしょ?
だからそういうことなわけだよ。


こういう事例の場合、卵と鶏のたとえは当てはまらなくて、必ず失礼を言う奴が先に手を出すのだよ。
こちらとしてはそういう方々に、穏便かつかなり低姿勢で事情説明したりするのだが、どうしたって解らないようで、あーだこーだ言い募るから
「あーもう!」
になるのだ。

解決法はただひとつ。
『他人の生き方に踏み込んでもの申さない』
こと。

だがもし言ってしまったとして。
相手が困惑したり、嫌悪を表明したら、謝らずともそれ以上食いつかないようにすればよい。
哀れんでみせたり、質問攻めにしたり、まして厭味やあてこすりを言うなどはもってのほか、そう心得よ。
マジョリティに入れない・入らない側は、決して何も考えていないわけではないのだから。

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「させて頂きます」乱用撲滅委員会。
うんざり、なのである。
なんでもかんでも「させて頂きます」過ぎて、もう聞きたくないのである。
「お電話させて頂きます」
「FAXさせて頂きます」
「お返事させて頂ます」
「カタログ送らせて頂きます」

頂かなくて結構!
てか、それ言ってたらいいとおもってんだろ、阿呆共がッ。

でもまあ、上記に挙げた使用例は我慢できるよ、まだね。
けど本日、ほんとにおもわず
「あんた馬鹿か?!」
と、本人に言いそうになってしまった使用例は酷い。
あまりにひどい。
『はてなタグ』的に言うならまさしく「これはひどい」。

そいつはなにをどう遜りたかったのかは知らぬが、言うも言ったり

「先日、結婚させて頂きまして」

意味がわからぬ。
我々があんたの結婚に関して、何か意見できる立場だったろうか? あんたかあんたの配偶者の身内だったかしら? と、つい考えてしまったがな。
たいへん申し訳ないが、もうこのひと言を聞いた時点で、そいつはわたしの中では
【馬鹿認定】
されてしまい、それ以降、どんなに考え抜かれたプランを提示されても、演説ぶられても、なんの効力も無いことになった。

「よろしかったでしょうか」、「ハンバーグになります」、「コーヒーのほうお持ちしました」等々のいわゆる“バイト敬語”はもう諦めたし、バイトなら仕方ないよな、というエクスキューズがある。
が、立派な社会人にはそれはない。
ただ、馬鹿にされるだけ。

ということで、誰になんと言われようと、わたしは「させて頂きます」を乱用する奴は、わるいけど今後も
【馬鹿認定】
させて頂きます。

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『母親神話』の手枷・足枷。
ネタ元:カゴメCM「共働きの朝」編への反応いろいろ@togetter

お子が居らんので、ここで育児のことを云々言う気は無い。
ただ、カゴメを
「狂ってる」
と言い切って憚らないこの価値観こそが、よの母親たちを縛り付けているのだ、ということは、よーーーくわかる。

いつになったらこの国は。



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あなたの不安≠わたしの不安。
元ネタ『カンニング竹山氏の福島旅行と炎上』@togetter


この問題に関して何かを発言しようとした場合、わたしには、これを言われたらぐうの音も出ないひと言がある。
それはよく聞く言葉なれど、ことこの問題でそれを掲げられると
「はい、仰るとおりです、すみません」
と平伏して黙るしかない。
でも、こういうところで発せられる、もはや“パラノイア”と言っていいであろう反対(脱)派の人々の言い分は、ただもう反対のための反対であり、どこにも理論が働いていないことに本人たちは気づいていないので、とても平伏する気にはなれない。

だが、先述したようにわたしはそれを盾にされたら何も言えないので大声では言わないが、やはりあなたの不安と恐怖はわかるが、なぜ不安と恐怖を覚えないひとをそうして責めたて、まるで人でなしのように言えるのか、は解らない。
ならばわたしもじゅうぶんに「人でなし」であり「東電の人殺しの片棒担ぎ」である。
いや、その意味なら、未だ東電管内で生活している者はみな「人でなし」の「人殺しの片棒担ぎ」だ。
かれらの一部はそう断言しているに等しいことをわかって“つぶやいて”いるのだろうか。

福島から全員避難させたくて頑張ってる人がいる、などというつぶやきも見える。
その人に問いたい。
福島県民全員が、そのひとに
「助けてください、避難させてください」
そう頼んだのか? と。
少なくともわたしが去年の秋に知り合った福島県伊達市の人は
「不安だし怖いけど」
でも避難はしていなかった。
ご自身のお子さんは避難させていたが、ご本人は留まっていると言っていた。
たぶんその方は、避難させたくて頑張っている人が
「さあ、逃げましょう!」
と言っても首を縦に振らないと、わたしはおもう。
それは多分にその方の職業柄も関わっているだろうが、でも応と言わないひとを避難させようとするその傲慢さを、あなたは自覚するのか? と。

あなたの不安と正義感は、よくわかる。
わかるが、同じようなおもいを、わたしは抱いていない。
それを危機感が無いと言わば言え。そんなやつは癌で死ぬがいい、と嘲りたければそうすればよい。
もしわたしが癌を発症したとしても、そのことと今回の事故との因果関係は証明できないし、わたしはしようともおもわないのだ。
そもそもあなたと同じ不安を抱かないものたちを叩いて溜飲を下げているような程度の主義では、ひとの心は動きはしないのだ。


最後に言っておくが、わたしは推進するつもりもないが、完全になくせとも声高にいえないでいる、この時代の人間だ。
電気をあたりまえに使用するこの時代の、そして東電管内に住む。

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ボッたくりやん!
どこ、とは言わぬ(いろいろあるから)。
言わぬが、この手数料のかかり方はどうなん?
チケット料金: 全席指定  XXXX円 × 2枚
システム利用料: 210円 × 2枚 計 420円
発券手数料: 105円 × 2枚 計 210円
特別販売利用料: 500円 × 2枚 計 1,000円

特に最後の『特別販売手数料』。
これはいったいなんなのだ!
なにが『特別』なのだ?
わたしゃ別段特殊なルートや方法でもってチケットを購入したわけではないし、ものごっつプレミアムなチケットを買ったわけでもない(いや、某筋にはある意味レアだが)。
なのに『特別』。

わけがわからん。

そういえば以前こんなことを書いたが、いままた引用記事のブログ主さまのお心遣いが嬉しくおもえるし、やはりわたしの『手数料』に対する感覚はマヒしていたようである。
激しく反省。

いやもちろん、正当な手数料なら文句はない。
今回でいえば、システム利用料と発券手数料に関しては納得の範囲内だ。
でも『特別販売手数料』。
これが納得できぬ、今更ながらに。
こんなひでぇぼったくり、歓楽街の怖い飲み屋くらいでしか見かけないだろうよ。
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Text:©2004 瀬戸際日記Neo.
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