首が廻らん。
借金で、ではない。
寝違えた、のである。

でも、たいていのひとは寝具に横になった寝姿で寝違えるのだが、わたしは本日、座った姿勢で寝違えるという離れ業をやってのけたぜ。
なので余計に痛い。
首が廻らないし背中(左の肩甲骨内側)も痛い。

情けないったらありゃしない。
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揺れたおもい。
困ったことがある。

去年の3.11以降、地震に対して鈍感になってしまったのだ。
ちょっとくらい(震度2や3)ならもちろん、今日のような揺れでもビビらなくなってしまった。
ましてや就寝中ともなれば
「もう、どーでもいいや」
と、起きて身構えよう、という気すらなくなっている。

これは危ない、とおもう。

この呑気さでは、いずれ来るといわれている東京直下型大地震のときに間抜けな死に方をするに違いない。
うーむ、うーむ。
とはおもうものの、実際に揺れても
「あらまぁ」
としか感じないのだから、どうしたらいいものか。
明日仙台で久しぶりにお逢いする、岩手と福島のアル友さんたちに、この危機感の無さを叱ってもらえば少しはシャンとするかもしらん。

ということで、明日はこんなわたしをお叱り頂きたく。
(てか、ちゃんと仙台に行けますように)

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秋の光景あるある。
銀杏踏んづけて凹む。
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その2kgが落とせない。
太った。

この夏にあった、おじさんたちの夏のイベントで無謀にもデニムショーパンを穿きたくて、付け焼刃的ではあるがシェイプアップに励んだはずなのに、太った。
特に腹回りのポニョの増加っぷりが著しい。
わたしはそーすけじゃないので、とっとと海へ帰って欲しいのだが、いっこうに帰る気配はなく、むしろどんどん増えていく感が強い。

真剣にまずいとおもった。

おもったので、これは強制送還するしかないということで、いろいろと取り組み始めた。
まずは2駅手前で下車して歩いて帰宅する手法を10年ぶりくらいに復活させた。
前回はこれをひと夏(約3ヶ月)続けて、ぷよんぷよんを撃退したのであるが、果たして今回は効果があるのかどうか。
まあ、コツコツ続けるのは苦にならないタイプなので、とりあえず年末までは歩いてみるつもりだ。
ただあのときと比べたら新陳代謝力等が格段に落ちているはずなので、歩くだけでは足りないだろうと、区立の体育館に通うことにもした。
そこにあるプールやマシンの力を借りて、脂肪の燃焼を増やすのだ!
むろん、そういう効能のあるお茶も飲むよ。
とにかく、ありとあらゆるあがきをして、ポニョに海へお還り頂くのだ。
なんかすごい利口な体重計も買ったしな。

しかし、落ちないね、体重ってのは!
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何を求めて彷徨うのか。
センセイの歌詞のようなタイトルにしちまいましたが、ヒトはときおり血迷うものであります。
べつにやむを得ない事情があったりしなくても、フトしたことで本来すべきではないことをやらかしてしまったり、するのです。
以前、付録のかばん欲しさに血迷った話を致しましたが、今回もまた、異次元の世界に迷い込んでしまいました。
あのときさんざ悔いて、二度と同じ轍は踏むまい、と誓ったのに。
嗚呼、愚かなるものよ。

でもって今回迷い込んだ異次元は――セレブの世界でした。

あれさあ、ファッション誌の表紙にさあ、読者ターゲットの年齢層とか、収入層とかライフスタイル層ってやつを書いといてくんないもんでしょーかね? 
『小学二年生』みたいにしろ、とは言わないし、ちいさい文字ポイントでいいから「読者対象年齢:35〜45。平均年収:450〜500万。既婚・未婚は問わず」てなふうに(そうなると赤文字系は「対象年齢:18〜24。平均年収:280〜350万。未婚/専業主婦志望」になるのか)。
まあさ、あのテの雑誌をよく読む方々には雑誌名でそのへんのことはすぐお解かりなんでしょうけども、滅多に買わない人間はさぁ、解んないのよ。
だもんで、気になる見出しがあると、身分も弁えずにレジまで持ってっちゃうんだよね(今回は『毛穴レス』というキーワードにフラフラと……)。
んでもって、帰宅して雑誌を開いてべっくらする――わけさね。

いやぁ、今回の雑誌は以前のとはまた違った驚愕の世界でした。
訳のワカラナイ略語や造語はいっさい出てこないので、キャプションはすんなり読めますが、そこに使われているブランド名と表示価格が、まさに“桁違い”。
こんなブランドの価格の服を、毎日オフィスに着ていく人々っていったい? という。
おなじクロップドバンツでも、こちらは「うにくろ」なのに、目の前には初めて聞くブランド名(だから忘れた)。
コーディネイト(略してない)は真似できそうだけど
『映画配給会社の買い付け部勤務。今日は制作会社のプロデューサーと青山で打ち合わせ』
てな感じ(うろ覚えだからすみません)の仕事のスタイルは真似できませんですよ。
あと
『休日にクルーザーで海へ。大人のマリンの着こなしは色合いのみで』
とか言われても、わたしの周囲の誰がクルーザー持ってるの? という(あ、坊っちゃん社長んちが持ってた!)。
まぁ、そんな世界のファッションばっかりで、わたしが引かれて買った『毛穴レス』の記事は、そう目新しいものでも画期的なものでもなく、付録も無いぶんはっきり言って無駄金使っちまったぜ! 感のみが手元に残る血迷いの結末、でありました。

いやー、もう、ほんとに、慣れないことはしちゃ、ダメだね(二度目だけど)。
今後は『毛穴レス』、『アンチエイジング』、『たるみ防止』などなどの魅惑の見出しがあっても、ファッション雑誌は買わないようにしよう。
気をつけなくちゃ。

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トーキョー・ラビリンス。
本日所用で新宿へ。

そして迷子になる。

あたしゃただ、用事のあった場所からJRの改札口へ戻りたかっただけなのに……。
あうあう。
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忘れたくない、君のアドレス。
金曜の夜、携帯をいじっていてフトした拍子に『電話帳』を全消去してしまった。
もういい加減携帯にも慣れただろーに! のはずなのだが、別の処理をしているつもりで、キーをぽちっとな、と押したら消えちゃったのだ。
いやはや。
とはいえ、もともと登録件数は多くないし、友人たちとはメールのやりとりをしているので、メルアドはすぐ再登録できたのだが、難儀なのは住所とか誕生日とかもろもろのデータをまたコツコツと入力せにゃならんことである。
やれやれ。

ところで、消えちゃった『電話帳』の中には実はもう消してしまってもいいのではなかろうか? と悩んでいたものもあった。
スマファン時代に知り合った方々――いわゆる“スマ友”の皆さんである。
だが、ファンの卒業が縁の切れ目。
わたしがファン卒業を告げてからはまったく、と言っていいほど連絡は取り合っていなかった。
ゆえに最近ではその方々のデータをまとめていたフォルダを、消すべきか否か、ちょっと悩んでいた部分もあった。
なにしろ皆さん、いい方だったので。

けれど所詮は“SMAPだけ”で繋がっている間柄。
わたしが自らその世界から出て行ったのだから、連絡がなくなるのは至極とうぜんだし、わたしもそれを寂しいともおもわないこともまた事実(○○友、なんてそんなものであろうよ)。
それが証拠に、データが消えても別に焦っていないし、困ってもいないのだ。
繋がりがSMAPだけでなく、むしろそれが無くても付き合っていけそうな人は、とっくの昔に普通に友だちになってたし。
そんなわけで、消えてしまったデータではあるが、まあ、仕方あるまいと簡単に諦めがついた。


しかし!
諦めたくないのは友たちよ、君たちのデータなのだ。
(ここからほぼ私信)

友たちよ。
申し訳ないが、携帯と家電の番号を
メールで送ってくれ給え。
え、あたし? とおもった君。
そうだよ、君だ。
九州の君も東北の君も、地元の君も
都内の君も、東海の君も、関西の君も
北関東の君。
だって全部消えちゃったんだもん(泣)
頼む。


(これが人にものを頼む態度だろうか)
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口は非モテの元。
『モテキ』という現代用語がある。
主に若者世代が使うので、もしかしたらわたしらの世代上下には『MMK(モテてモテて困る)』と言ったほうがとおりがいいかもしらん。
ま、どっちにしても、その意味は、【人生には必ずモテまくる時期がある】というやつで、わたしは
「けっ。そんなの都市伝説やろ」
と、自らに当てはまらない言葉に対してのお約束で、捻くれまくっておった。
しかし先日、ハハの昔話に付き合ってたら、なんとこのわたしにも『モテキ』があったことが判明! したのである。

それはわたしの乳児期。
1〜2歳くらいの頃で、わたしはどうやら“もの凄くカワイイ赤ちゃん”のカテゴリーに入ったらしく、どこへ連れて行っても、老若男女関わらずカワイイ、カワイイとチヤホヤしてくれた、というのだった。
ナヌーーーー?!
である。
そんな、物心もつかない頃の話であるが、このわたしにそんな栄光のときがあったなんて!!
【人生には必ずモテまくる時期がある】
というのは、ホントなのかも!!
だが、しかし。

なんでそれが乳児期で終わってしもーたん?
いくら顔つきが変わる、とはいえ、せめて記憶が残る“幼児期”くらいまでは、赤子の面影が残ろうもので、チヤホヤされ続けてもよかったのではないのか?
という素朴な疑問が。

しかしその疑問の回答は、すぐさまハハから提示された。
「お喋りができるようになってから、あんたは思ったことすぐ口に出すから、ほんとに困ったわぁ。あんまり外出もしなくなっちゃって」
と言い出し、そのあとは出るわ出るわ、わたしの“くそガキ”エピソード。
聞いててわたし自身のこととわかっちゃいても、いま目の前にそのガキが居たら、間違いなく張り倒しているであろうKY言動の数々に、わたしはよんじゅうン年経たいまになって、改めて凹んだ(こないだも友だちの姪御さんのいわゆるキラキラ☆ネームを教えてもらって、つい「へんなの!」と言っちゃったし。あのときはほんとにごめんよ)(言い訳しとくと、キラキラ☆ネーム、とは友だち本人が言ったのであるよ)

ああ、そうかい、そうかい。
やはりなんでも『自己責任』というわけなのである。
赤ちゃんの頃は天使のように可愛かったとしても、言葉を使えるようになって、性格が歪み、それが顔つきに現れて、ひとは遠のいた……。

抗いようの無い、自然の摂理であった。
もう笑って納得するしかない。

なので、明日からもがんばって生きていくためのぽじてぃぶしんきんぐとして、こんなわたしにも『モテキ』はあった、ということだけを結論としよう、と身勝手に決めた。

悪いか(鼻息荒い)。


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縮んで嬉しいはないちもんめ。
体重が減ったら、たいていの人は嬉しい。
体脂肪率は更に嬉しい。
私の場合は、血中コレステロール値が下がると、踊りたいほど嬉しい。
服のサイズもワンサイズ下がれば「ひゃほーい」で、年齢も下に見られたら「うひょひょ」である。
よのなかで言ったら今なら放射線値が下がればみんなホッとするだろうし、円も少しは下がったほうがいいみたいだし、それなら原油価格も下がると、日本には喜ぶ人が多いのではなかろーか。

けど。
なぜか知らねど、数値が小さくなってビミョーなこころもちになったのが、足のサイズである。
そう、私の足は最近、縮んだようなのである。

歳をとると身長が縮む、というのは聴いたことがあるが、そもそもまだ身長は縮んでいない(毎年の健康診断で実証済み)。
なのになぜ、足だけ小さくなったのか。
ナゾである。
というか、なんで足のサイズが小さくなってこんなにショックなのか。
解せぬのである。
なぜなら私自身、今までは足がデカ過ぎる所為で可愛いデザインの靴が履けぬ、と嘆いていたのだから。
なのに念願の、いちばんデザインのバリエーション豊富なサイズの仲間入りを果たした、というのに、なぜこんなに“負けた”気分になるのであろうか。
私の中に
「大きいことはいいことだ!」
的な感覚があったのだろうか?
いやしかし……。

堂々巡りである。

仕方ないので、足のサイズが小さくなっても
「あんま嬉しくなかった」
ということをここに記録しておいて、いつの日か小さくなった足のサイズがあたりまえになった頃
「あ、そーだった」
とおもいだすことにしよう。


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闘う道しか歩けない。
誰もが多かれ少なかれ闘いながら生きているのだとはおもう。
というか、それが“生きる”ってことだよね、などと哲学的にも言ってみるが、そんな闘いのなかには「避けられるもの」もあるわけで、でもわたしという奴は、それを避けられない性質(たち)なので、莫迦だなぁ、と力なく笑ってしまうのである。

これまで何人かに言われたのは
「損してる(またはする)よ」
というセリフ。
しかも言ったのは全員男。

こうやって記憶を辿るのもアホらしいが、つまり彼ら男性の価値観からみて、わたしの生き方(言動)というのは
「損をする」
ものであるようで、要するに
「もうちょっとこっち(男)の気に入るように振舞えば、いい思いさせてやるのに」
てなことなのであろう。
ここで
「えぇ〜、じゃあどうすればいいんですかぁ」
そう訊けて、素直に従えればよいのだろうけど、残念なことにわたしというのは
「ざけんじゃねー。なんでおまえらの思惑通りに動かなきゃならんのだ。そんな真似するくらいなら、今のままでいいわい」
なのである。
そして要らぬ敵を新たにつくり、闘いの数を増やしていくのである。

莫迦である。

莫迦なのであるが、しようがない。
なぜなら、たいていの場合の「相手の思惑どおりの言動」は、わたしのいちばんやりたくないゾーンの中のものばかりだからだ。
例えばある人は
「たまには泣いてみろ」
と言う。
それも職場で。
そうすれば可愛げもある、と。

呆れてものも言えなかった。
いい社会人が職場で泣く。これほど恥ずかしいことは無い、そう思って、新社会人の頃はどうしても泣きたいときはトイレに駆け込み、以降はとにかく泣かないようにと鍛錬してきたものを。
だいいちアンタらだって、職場の困ったちゃんのアンケートには
『すぐ泣く』
を挙げるだろうが。
それをよくもまぁ、しれっと言うものだ、と。

またある人は
「わざと手を抜けばいいんだよ」
と言う。
仕事の、である。
なんでも
「会社ってのは仕事をちゃんとやる人には冷たいけど、やらない奴には親切なんだ」
だそうなのである。
意味不明であった。

またある人は……て、ああもうやめよう。書いていてげんなり度数が上がってしまった。

つまりはそんな感じで、いやもう、それだけはあきまへん、それをやったらわたしはわたしとして仕事している意義がなくなります、てな部分ばかりを刺激してくるので、どうしてもその価値観に対抗するバトルになるのである。
自業自得、なのであるが、疲れる。
言ってもせんないが、疲れる。
上手にいろいろこなせないのが莫迦なのだが、疲れる。
この生き方しかできないとわかっていても、疲れる。
疲れるのだよ。

特に今、もーれつに疲れているので、言ったっていいじゃろ。
どうしたってずっと闘うしかないのはわかってるんだから。

もう寝よう。


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Text:©2004 瀬戸際日記Neo.
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